
2026年8月21日 09:00
日本人が輝き続ける「イグ・ノーベル賞」 どんな研究で受賞した?賞金はいくら?
人々を笑わせ、考えさせるユニークな研究に毎年贈られる「イグ・ノーベル賞」。
ここ最近は、日本の研究者も頻繁に受賞するようになりました。
なぜそんなことを追求しようと思ったのだろう?その成果が社会でどう役に立つのだろう?
と思われてしまう研究の数々がありますが、ここではわたしたちが現在、あるいは将来お世話になるかもしれない、わかりやすい事例をひとつご紹介したいと思います。

日本人が受賞してきた主な研究内容
「イグ・ノーベル賞」は本家のノーベル賞のパロディ的な位置付けで、アメリカの科学ユーモア雑誌が1991年に創設したものです。「人を笑わせ、そして考えさせる」ユニークな研究などを通じ、科学や技術への関心を高めるのに貢献した人に贈られます。
そして、日本人研究者は常連になっています。*1
その主なテーマは下のようなものです。*1, *2
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1997年 |
経済学賞 |
「たまごっち」を開発 |
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2002年 |
平和賞 |
犬語翻訳機「バウリンガル」を開発 |
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2004年 |
平和賞 |
カラオケの発明 |
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2007年 |
科学賞 |
ウシの排泄物からバニラの香り成分を抽出 |
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2009年 |
生物学賞 |
パンダのふんを利用して生ごみの量を減らす研究 |
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2014年 |
物理学賞 |
バナナの皮を踏んだときの摩擦の大きさを計算 |
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2020年 |
音響学賞 |
ヘリウムガスを使うとワニのうなり声も高くなることを発見 |
|---|---|---|
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2022年 |
工学賞 |
つまみを回すときの直径と指の本数の関係を研究 |
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2023年 |
栄養学賞 |
電気刺激で味覚が変化するスプーンなどを開発 |
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2024年 |
生理学賞 |
哺乳類がお尻から呼吸する能力があることを発見 |
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2025年 |
生物学賞 |
シマウマのようなしま模様を書いた牛がハエに刺されないようになるかを調べた研究 |
「これはいずれ生活に役立つかもしれない」というものから「それがわかったから何なの?」と思われそうなものまで様々です。「そもそもこんな研究自体、必要なの?」と思われるものもあるでしょう。
しかし、筆者も理学部という「基礎科学」を学ぶ場所に所属していました。その身からすれば、基礎科学とは0を1にする存在です。これらの発見や成果が拡大に拡大を続けることができれば、いつかわたしたちの生活を変えてくれるツールを生み出すかもしれない、と考えるほうの人間です。
例えば、数学の基礎研究がなければコンピュータというものは生まれなかったでしょう。
しかし、これらの基礎科学研究の成果と社会の間には、残念な関係が存在しています。

基礎研究の成果と社会の間にある「死の谷」
基礎研究と、それを活用した製品。
例えば上の表にある「哺乳類がお尻から呼吸する能力があることを発見」という研究ですが、「だから何なの?」と思われるかもしれません。
しかしこの研究は示唆に富んでいると筆者は思います。
うまく社会実装できれば、例えば肺呼吸が難しくなる疾患に陥った場合、お尻からの呼吸能力を高めれば酸素不足を補える、という治療方法を確立できるかもしれない、などと妄想してしまいます。しかし基礎研究の社会実装の間には「死の谷」と呼ばれてるものが存在しています。

出所:日本医療研究開発機構「AMEDシンポジウム2017開催レポート:招待講演② レギュラトリー・サイエンスに基づくイノベーションの活性化(3)」
上の図は医療分野のケースですが、基礎研究から臨床試験・承認つまり社会実装との間に大きな谷があるというものです。
基礎研究に携わる研究者らは当然、一定の成果を得られれば論文発表を急ぎます。しかし上の図にあるように、その成果をどう社会実装できそうか、という「繋ぎ役」が足りないというのが現実です。結果、研究成果が商品として社会に出るまでに長い時間がかかってしまう状況です。
一方で論文は世界に向けて発信されますから、日本から発信した研究成果から応用品を考えついた海外の企業に特許を奪われてしまう可能性すらあります。それほど勿体ないことはありません。

画像引用: キリンホールディングス エレキソルトスプーン
https://electricsalt.shop.kirin.co.jp/
早期商品化された基礎研究
しかし、研究成果が早期に社会実装された事例もあります。
2023年にイグ・ノーベル賞の栄養学賞に選ばれた「電気刺激で味覚が変化するスプーン」です。
研究内容および成果の発信元は、明治大学の宮下芳明教授らです。
論文ではストローや箸、フォークに微弱な電流を流すことで、食べ物の塩味や旨味が増幅される現象について報告されています。いわゆる電気味覚といわれる現象を用いたものです。*3
人間は、舌などにある味蕾(みらい)と呼ばれる花のつぼみのような形をした細胞にあるセンサーで食品の味の元になっている物質を感じ取り、味覚を得ています。
宮下教授らはこの原理を減塩食に応用しました。その結果、塩味の感じ方が約1.5倍増強されることを発見しました。*4

出所:明治大学「~減塩食をよりおいしく、「健康」課題の解決に向けた大きな一歩~ 世界初!電気刺激の活用で 塩味が約1.5倍に増強される効果を確認 --「味を調整できる食器」の開発につながる新技術--」
https://www.meiji.ac.jp/koho/press/6t5h7p00003fh8kv.html
減塩食はどうしても薄味に感じてしまうものです。しかし電気味覚を応用することで、それまで通りにおいしく食べられるというわけです。QOLの大きな向上を実現します。
この研究に目をつけたのがキリンホールディングスです。宮下教授らの、この塩分に関する研究成果が発表されたのは2022年のことですが、キリンとの共同研究は2019年から始まっていました。
そして明治大学が成果を発表してからわずか2年後、キリンは2024年に商品として「エレキソルト スプーン」の販売を始めました。*5
共同研究という形を取ることで「死の谷」をなくしたと言えるでしょう。

出所:キリンホールディングス「エレキソルト」
https://electricsalt.shop.kirin.co.jp/
実際、宮下教授も島津製作所からの取材のなかで「研究をしている身としては、どんなテクノロジーも社会に出るまでは非常に長い時間がかかると痛感させられています。だからこそ、社会が変わる実例を間近で見られたのは本当に幸せだと思います」と語っています。

互いに熱量を高めあう関係に
イグ・ノーベル賞と聞くと、「よくわからないけれど笑える」というイメージが強いでしょう。ただ、そこから社会性を企業が見つけることでイノベーションに繋がる、明治大学とキリンホールディングスはそんなことを証明してくれました。
企業が商品化を考慮して積極的に関わることで研究者は孤独から抜け出せますし、もちろん企業側も他社を圧倒する新商品を売り出そうと、研究に関わる熱意が向上することでしょう。
どんな研究にも意義はあるものです。その「イノベーションの芽」を摘んでしまわないような体制が必要です。
そして気になるイグ・ノーベル賞の賞金ですが...
なんと、10兆ドル。*6
といっても「10兆ジンバブエ・ドル」です。2025年に通貨として廃止されているため、実質的な価値はほとんどありません。*7
賞金にまで皮肉を含めたイグ・ノーベル賞ですが、その意義を感じ取れるかどうかが企業のオリジナリティを左右する側面もあるのです。
*1 日本経済新聞「イグ・ノーベル賞とは 日本人が常連」
https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK3000C_Q1A930C1000000/
*2 日本経済新聞「イグ・ノーベル賞、白黒模様の「シマウシ」 日本人受賞は19年連続」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG167Y10W5A910C2000000/
*3 島津製作所「VOL.51 | 島津製作所ぶーめらん テクノロジーが創る未来の幸せ」
https://www.shimadzu.co.jp/boomerang/51/02.html
*4 明治大学「~減塩食をよりおいしく、「健康」課題の解決に向けた大きな一歩~ 世界初!電気刺激の活用で 塩味が約1.5倍に増強される効果を確認 --「味を調整できる食器」の開発につながる新技術--」
https://www.meiji.ac.jp/koho/press/6t5h7p00003fh8kv.html
*5 キリンホールディングス「電気の力で減塩食品の塩味やうま味を増強する※1「エレキソルト スプーン」5月20日(月)より公式オンラインストアにて数量限定で販売を開始」
https://www.kirinholdings.com/jp/newsroom/release/2024/0520_01.html
*6 朝日新聞「イグ・ノーベル賞が伝える「科学のもう一つの顔」 有用性だけでなく」
https://www.asahi.com/articles/AST9Z3QMRT9ZUPQJ001M.html
*7 楽天カード「ジンバブエドルとは?壮絶なインフレで廃止された通貨の歴史を分かりやすく解説!」
https://www.rakuten-card.co.jp/minna-money/securities/investment_knowledge/article_2110_00001/#h_46584

清水 沙矢香
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。 取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。

