「出勤するか」は従業員任せでいいのか?新たな防災気象情報と企業防災

2026年5月、新たな防災気象情報が運用され始めました。企業は、この情報を出勤判断や従業員の安全確保にどう活かせばよいのでしょうか。筆者の経験を交えながら、企業防災のあり方を考えます。


雪でも台風でも「出勤するかは自分で判断」だった

筆者が社会人になりたての頃、台風が近づいていても、雪が積もっていても、勤めていた会社から「今日は出社を控えてください」と明確な指示が出ることはありませんでした。


基本的には「出勤するかどうかは自己判断」です。
一見すると、従業員の状況に合わせた柔軟な対応にも聞こえます。しかし、社会人になったばかりの筆者にとって、その言葉は決してありがたいものではありませんでした。


筆者が、当時住んでいたのは九州です。雪国の方から見れば笑われてしまうかもしれませんが、数センチ雪が積もっただけでもパニックになってしまいます。普段ほとんど雪が降らない地域なので、車はノーマルタイヤ、タイヤチェーンも持っていません。


それでも、当時の筆者は四輪駆動でもない軽自動車で、そろそろと職場へ向かっていました。今振り返ると、事故を起こさなかったのが本当に幸いだったと思います。


ちなみに、勤務先から1kmほどの場所にある川に「氾濫発生情報」が発表された日も、出社していました。


たしかそのときは、出社したあとに情報が発表されたと記憶しています。もしかすると会社としては、今すぐ帰すほうが危ないと判断していたのかもしれません。


ただ、従業員の立場からすると、近くの川が氾濫していると聞きながら仕事を続けるのは、かなり不安なものでした。


「このまま雨が強くなったら帰れるのだろうか」ということばかり考えて、仕事に集中できる状態ではありませんでした。


通勤に不安がある場合は、「今日は危ないので行けません」と言えばよかったのかもしれません。


けれど、社会人になりたての頃は、「みんな出社しているかもしれない」「自分だけ休むのはまずいのではないか」と考えると、結局は無理をしてでも出社する選択をしてしまったのです。


もちろん、今となっては企業側の事情もわかります。台風や積雪のたびに休業すれば、生産や納期、売上への影響は避けられません。特に製造業では、現場を止める判断は簡単ではないでしょう。


しかし、従業員の立場からすると、「自己判断」という言葉に少し冷たさを感じることもありました。
万が一、通勤中に事故が起きたとしても、「本人が判断して出社した」と言われてしまうのではないか。当時の筆者は、会社は責任を負いたくないから、あえて明確な判断を避けているのではないかと受け止めていました。

防災気象情報の見直しで、判断の目安がわかりやすくなった

こうした出社の判断を行ううえで、企業にも活用してほしいのが、新たな防災気象情報です。


気象庁では、令和8年5月29日から新たな防災気象情報の運用を開始しています。


これまで、河川氾濫、大雨、土砂災害、高潮に関する情報は、警戒レベルとの対応が複雑で、一般の人には少しわかりにくい面がありました。今回の見直しでは、これらの情報が避難情報の5段階の警戒レベルに対応する形で整理され、避難の判断をしやすくなっています。 (図1)。*1

図1:新たな防災気象情報
出所) 気象庁「新たな防災気象情報について(令和8年~)」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/keiho-update2026/index.html


例えば、これまでの大雨警報は、「レベル3大雨警報」という名称に変更になり、レベルの数字と一緒に情報が伝えられます。*1
情報名にレベルの数字がつくことで、今どの程度危険な状況なのかが、以前より直感的に伝わりやすくなっているのではないでしょうか。


レベル3は高齢者など避難に時間がかかる人が避難する状況、レベル4は危険な場所から全員が避難する状況、レベル5ではすでに命の危険が迫っている状況です(図2)。*2

図2:情報が出たら、どう動く?~色とレベルで分かる「避難のタイミング」~
出所)気象庁「『防災気象情報』に関する大切なお知らせ この雨、大丈夫? 5色のサインで『逃げどき』がわかる防災ガイド」P.2
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/keiho-update2026/pdf/info2026_leaflet.pdf


この情報は、企業にとっても重要な判断材料になります。


新たな防災気象情報では、警戒レベルと行動の目安が結びつきやすくなりました。だからこそ企業も、どの情報が出たらどのような対応をとるのかあらかじめ決めやすくなったといえます。


たとえば、「レベル3大雨警報が出たら、出社前の従業員には在宅勤務や自宅待機を検討する」といったように、気象情報を会社の判断基準に落とし込めば、企業の担当者も素早く決断できます。


また、BCPや就業規則、緊急連絡網など、既存の防災関連規定がある場合は、新たな防災気象情報の体系に合っているかを確認しておきたいところです。

キキクルも活用しよう

防災気象情報とあわせて確認したいのが、気象庁の「キキクル」です。


キキクルは、大雨などによる災害の危険度を、色分けされた地図で確認できるツールです(図3)。*2

図3:キキクルの主な特徴
出所)気象庁「『防災気象情報』に関する大切なお知らせ この雨、大丈夫? 5色のサインで『逃げどき』がわかる防災ガイド」P1
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/keiho-update2026/pdf/info2026_leaflet.pdf


キキクルでは、危険度を5段階の色でほぼリアルタイムに表示しています。


同じ市町村内でも、実際に危険が高まっている場所は一様ではありません。キキクルを使えば、自分がいる場所の災害の危険度を地図上で確認できます。*2


前述の通り、筆者は、勤務先の最寄りの川が氾濫していたときも働いていました。そのころキキクルがあれば、不安を抱えながら仕事をせずに済んだのかもしれません。

人の安全を守る仕組みを

もちろん、企業側にも事情があります。


製造現場であれば、「ラインを止めたくない」「納期に間に合わせたい」「今日この工程を進めないと、後工程に影響が出る」といった切実な事情があるでしょう。取引先や顧客との約束があり、簡単には操業を止められない場面もあります。


しかし、人の安全が守れなければ、事業継続も成り立ちません。


通勤中に事故が起きたり、帰宅できなくなったりする状態が続けば、企業への信頼は少しずつ損なわれていきます。


さらに今は、企業の対応がすぐSNSで拡散される時代です。


「危険な状況で無理な出社を求められた。」


「台風や大雨のなか通常出勤を指示された。」


そうした声がSNSで広がれば、企業イメージに影響する可能性もあります。安全への配慮は、従業員を守るだけでなく、企業の信頼を守ることにもつながるのです。


だからこそ、防災気象情報の見直しをきっかけに、企業防災を「その場の判断」から「仕組み」へ変えていく必要があります。


一方で、出勤や帰宅の判断をすべて企業に任せきりにするのも、少し違うのかもしれません。


防災に関する技術や情報が発達したとはいえ、企業がすべての従業員の居住地や通勤経路、家庭の事情を個別に完全把握することは難しいものです。道路の冠水状況、近くの川の水位、家族の避難状況などは、一人ひとり異なります。


会社の基準を待つだけでなく、自分の身の回りの危険を確認し、「今日は無理をしないほうがよい」「この時間に帰るのは危ないかもしれない」と考える意識も必要です。


最後に、すべての仕事が簡単に休めるわけではありません。救命に関わる人、行政で防災対応にあたる人、電気・水道・通信・道路などインフラの保全に携わる人たちは、災害時だからこそ現場に向かわなければならないことがあります。


雪が降っても、台風が来ても、けがをした人が治療を受けられるのは、医療や救急に携わる方々が働いているからです。停電しても電気が復旧するのは、危険な状況のなかで保全や復旧にあたる方々がいるからです。


かつて「世界は誰かの仕事でできている」というCMのキャッチコピーがありました。当時は特に何も思っていなかったキャッチコピーですが、その意味を理解できるようになった今、大好きなコピーになっています。


自分が休んでいるときにも、誰かが働いてくれているから、私たちの暮らしは成り立っていることを忘れてはいけません。


危険な状況で無理に出社すれば、通勤中の事故やけがにつながるおそれもあり、結果的に、救急や医療、インフラ復旧に関わる人たちの負担を増やすことにもなりかねません。


筆者は、これからの企業は、判断を従業員任せにせず、人の安全を守る基準を持つことが必要だと考えます。


防災気象情報の見直しは、企業防災を仕組みとして整えるきっかけになるのではないでしょうか。



参照・引用を見る
*1
出所) 気象庁「新たな防災気象情報について(令和8年~)」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/keiho-update2026/index.html

*2
出所)気象庁「『防災気象情報』に関する大切なお知らせ この雨、大丈夫? 5色のサインで『逃げどき』がわかる防災ガイド」P1, P.2
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/keiho-update2026/pdf/info2026_leaflet.pdf

田中ぱん

学生のころから地球環境や温暖化に興味があり、大学では環境科学を学ぶ。現在は、環境や農業に関する記事を中心に執筆。臭気判定士。におい・かおり環境協会会員。