事故を「起こせない」設計とは? ものづくりは「機械安全」を前提とした時代へ

事故を「起こせない」設計とは? 機械安全を前提としたものづくり

製造現場では、機械に起因する労働災害が毎年多数発生しています。


回転体や搬送装置など、駆動力の大きい機械による事故は、「はさまれ・巻き込まれ」といった重大災害につながりやすいのが特徴です。
実際、製造業ではこうした機械災害が毎年数千人規模で発生しています。


機械災害を防ぐためには、「事故をしないように気をつける」「作業の手順を守る」といった作業者側の意識に頼るだけでは限界があると考えられるようになってきました。


そこで、機械の設計において重視されているのが「機械安全」という考え方です。
機械安全とは、人間と機械のどちらに対しても「絶対安全は存在しない」という前提に立ち、設計段階から危険を取り除いていくアプローチです。
つまり「事故を防ぐ」のではなく、「事故を起こせない」ように機械を設計し、安全な環境を整えていく取り組みです。


この記事では、近年変わりつつある安全への考え方や、機械安全の基本、国際規格(ISO/IEC規格)の枠組みについて解説します。

機械事故は「気をつけているだけ」では防げない

労働災害の発生件数は、年間10万人以上にのぼり、そのうち機械設備による災害が全体の約4分の1を占めています。
さらに、死亡災害についても、全体の約3分の1が機械に起因する事故であるというデータもあります。*1


このように、機械災害は決して珍しいものではなく、製造現場で日常的に起こりうる重大なリスクといえます。

2025年に厚生労働省が発表した「令和6年の労働災害状況」によると、労働災害による死亡者の原因として、「墜落・転落」「交通事故(道路)」に次いで、機械による「はさまれ・巻き込まれ」が上位に挙げられています。


駆動エネルギーの大きい機械による災害は、重大な事故に直結しやすく、取り返しのつかない事態を招くおそれがあります。
実際に、同年のデータによると、製造業では、機械による「はさまれ・巻き込まれ」による死傷者数は4,692人にのぼっています。*2


一方で、機械による災害の約8割は、安全対策が十分に講じられていなかったことが原因であるとされています。*1
つまり、機械による多くの事故は、適切な対策によって未然に防げた可能性があるともいえるでしょう。

変わりつつある安全対策の考え方

製造業の安全対策として、これまで現場ではソフト面における取り組みが積み重ねられてきました。
代表的なものとして、現場の危険を事前に予測するKY(危険予知)活動や、事故には至らなかったもののヒヤリとした体験を共有するヒヤリハット活動、現場の環境を整える5S活動などが挙げられます。


こうした取り組みは、現場の意識を高め、危険への感度を養ううえで重要な役割を果たしています。
「1件の重大災害の背後には、29件の軽傷事故と300件のヒヤリ・ハットが存在する」とされるハインリッヒの法則が示すように、小さな異変や違和感を早期に見つけ、共有し、地道に対策していくことが、重大な事故を防ぐことにつながります。*3


一方で、これらの取り組みは「人の注意力」や「経験」に依存する側面も大きく、すべてのリスクをカバーすることは難しいという課題もあります。


世界に目を向けてみると、欧米と日本では、安全やリスクに対する考え方にさまざまな違いがあります。


欧米では、労働災害の原因を「人」ではなく「技術」の問題とし、理論的に安全であると立証できる技術を実現するために投資するという考え方が主流です。
一方、日本では、教育やルールの徹底など、「人」の意識や行動によって事故を防ぐというアプローチが重視されてきました。*4


これはどちらが正しいというわけではなく、それぞれの歴史や産業構造、社会的・文化的背景のなかで発展してきた考え方といえます。
実際に日本の製造業は、作業者への訓練や教育によって労働災害を抑えながら、国際競争力を維持・向上させてきた側面もあります。


しかし近年では、ISOやIECといった国際規格の普及や、設備の高度化、製造現場のグローバル化を背景に、日本でも「人」に頼るだけでなく、安全装置などの「技術」によってリスクそのものを低減する考え方が受け入れられつつあります。*5

災害防止のための「機械安全」とは

「機械安全」の基本原則

安全に関する国際標準が浸透する中で注目されているのが「機械安全」という考え方です。


機械安全は、「人はミスをする」「機械は故障する」「絶対安全は存在しない」という三つの前提に基づいた考え方です。


まず、ヒューマンエラーは必ず起こると仮定し、安全を人の判断や行動に委ねるのではなく、機械や設備の側でリスクを低減していきます。
一方で、どんなに高性能で信頼性の高い機械であっても、経年劣化などによって故障するリスクがあります。
そのため、もし故障しても安全機能が維持される設計が求められます。
さらに、どれだけ対策を講じてもリスクがゼロ、いわゆる「絶対安全」の状態にはならないとし、許容できるレベルまでリスクを低減することが重要です。*6


機械安全を実現するためには、次の3つの原則にもとづいて対策を講じます。


1. 本質安全の原則

そもそも危険そのものをなくす、あるいは危険性をできるだけ小さくします。
機械の角や突出部をなくす、駆動力を抑えるなど、設計の段階で危険源を減らします。

2. 隔離の原則

人が危険な部分に近づいたり触れたりできないようにします。
機械を柵やカバーで囲い、作業者が危険箇所に直接アクセスできないようにします。

3. 停止の原則

人が機械に近づくときには、機械を停止させて安全を確保します。
機械の動作範囲に人が入ると自動停止するなど、安全が確認されるまで動作しない仕組みをつくります。


たとえば、一定の条件を満たさない限り機械や設備を作動させないインターロック装置は、隔離・停止の原則を応用した仕組みの一例です。
作業者の侵入を遮光によって検知するライトカーテンや、レーザー光で周囲を監視するレーザースキャナにより、危険エリアへの立ち入りを検知すると機械が自動的に停止するため、事故を防ぐことができます(図1)。*6

図1: 能動的光電保護装置(AOPD)と拡散反射型能動的光電保護装置(AOPDDR)
出所)中央労働災害防止協会「機械安全」
https://www.jisha.or.jp/info/field/machinery/


図1のように機械に近づけないようガードが設けられていても、作業者が誤って危険エリアに立ち入ってしまう可能性はあります。
こうした場合でも、これらの安全装置があれば、人の行動や判断にミスがあっても事故のリスクを低減することができます。


このように、機械安全は「人が気をつける」ことを前提とするのではなく、そもそも事故が起こりにくい仕組みをつくるという考え方です。

機械安全分野の国際規格

機械安全には国際的なルールがあり、世界中の製造現場で共通の基準として取り入れられています。


ISOやIECといった国際規格は、すべての機械ごとに個別に定められているわけではありません。
機械や設備は日々進化しており、そのたびに細かな規格をつくり直すことは現実的ではないためです。

そこで、ISOやIECでは規格をA・B・Cの3つの階層に整理し、複数の規格を組み合わせて活用できる仕組みが採用されています。*7


具体的には、すべての規格に共通する基本理念を示す規格、幅広い機械に共通する安全要件を定めた規格、そして特定の機械に対して詳細な要件を定めた規格というように役割が分かれています(図2)。*8

図2『機械類の安全性』 国際規格とJIS
出所)「機械類の安全性」に係る国際規格とJIS

https://www.jmf.or.jp/standard/page-351/

https://www.jmf.or.jp/jmf/wp-content/uploads/2024/03/2022_kikaiannzen_jis.pdf 規格表はこちら


このように、相互に関連する規格を組み合わせることで、最新の設備にも柔軟に対応できる仕組みとなっています。

まとめ

製造業の現場では、「人の注意」だけに頼るのではなく、事故そのものが起こりにくい仕組みを設計段階から組み込むことの重要性が認識されるようになってきました。


「人がミスをしても事故にならない仕組み」を設計段階で実現する「機械安全」の考え方は、今では製造現場における安全の基本となりつつあります。
こうした流れの中で、設計や設備の段階からリスクを低減する技術や仕組みは、今後ますます重要になっていくでしょう。


人間はミスをする生き物であり、たとえ経験を重ねていても、慣れや思い込みによって危険を見落としてしまうこともあります。
だからこそ、安全を「仕組み」として実現していくことが、安心して働ける現場づくりにつながります。



参考文献

*1
出所)厚生労働省「機械安全規格を活用して労働災害を防ぎましょう」
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/150722-1.pdf p.1

*2
出所)厚生労働省「令和6年の労働災害発生状況を公表」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_58198.html

*3
出所)厚生労働省 職場の安全ガイド「安全衛生キーワード:ハインリッヒの法則(1:29:300の法則)」
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo24_1.html

*4
出所)一般財団法人 機械振興協会「第10回 機械安全の考え方・仕組み、各国の法令と工業規格の体系、JIS機械安全」
https://www.jspmi.or.jp/system/l_cont.php?ctid=130402&rid=1129

*5
出所)標準化と品質管理 Vol.61「日本と欧米の安全・リスクの基本的な考え方について」p.6 ,p.7
https://mukaidono.jp/kouen/files/SQ081200400801.pdf

*6
出所)中央労働災害防止協会「機械安全」
https://www.jisha.or.jp/info/field/machinery/

*7
出所)キーエンス「安全規格の体系図」
https://www.keyence.co.jp/ss/products/safety/knowledge/introduction/system.jsp

*8
「機械類の安全性」に係る国際規格とJIS

https://www.jmf.or.jp/standard/page-351/

https://www.jmf.or.jp/jmf/wp-content/uploads/2024/03/2022_kikaiannzen_jis.pdf 規格表はこちら

石上 文

広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。