
2025年10月24日 09:00
南海トラフ地震、いつくる?被害予測と企業が取るべき対策は?
これまで「今後30年以内に80%程度」とされていた予測が、2025年9月に「60~90%程度以上」へと改訂されました。従来の予測モデルとは異なる計算モデルを使用した結果、発生確率に差があることが判明し、それを踏まえた見直しです。
数字だけでは実感しにくいかもしれませんが、これを日常のリスクと比べると、その大きさが見えてきます。実は、交通事故や火災で死傷する確率よりもはるかに高いのです。
ここでは政府や研究機関が公表しているデータをもとに、南海トラフ地震にまつわる数字を紹介しながら、その恐ろしさと、日頃の備えの重要性を考えていきましょう。

数字で見る南海トラフ巨大地震の全体像
南海トラフ地震は、歴史的に見て約100〜150年周期で繰り返し発生しており、前回の南海トラフ巨大地震は昭和南海地震(1946年)です。もし南海トラフ巨大地震が発生すれば、関東地方から九州地方にかけての太平洋沿岸に巨大な津波が押し寄せ、日本全体に甚大な被害を及ぼすと想定されています(図1)。*1

図1:南海トラフ地震の発生履歴
出所)気象庁「南海トラフ地震について」
https://www.jma-net.go.jp/osaka/jishinkazan/nankai/QandAmenu/kiso.html
発生確率:30年以内で60%~90%程度以上
冒頭で紹介した通り、南海トラフ地震の発生確率は、「今後30年以内に80%程度」とされていましたが、2025年9月の見直しで「60~90%程度以上」と改訂されています。*2, *3
年末ジャンボ宝くじの1等の当せん確率が0.000005%、今後30年以内に交通事故で死亡する確率が0.084%、火災で死傷する確率が0.18%であることを考えると、かなり現実的な数字ではないでしょうか。*4, *5
筆者は1等当選を夢見て毎年年末ジャンボ宝くじを購入しています。しかし、0.000005%の奇跡のためにくじを買うより、そのお金で防災グッズを購入したほうがよっぽど今後の生活のためになるでしょう。
死者数:29万8000人
被害想定結果は、発生時刻や被災地域がどこになるのかによって大きく異なりますが、最悪のケースでは死者29万8000人、負傷者95万人と算出されています。
死者数の内訳は、津波によるものが最も多く21万5000人、建物倒壊によるものが7万3000人、地震火災によるものが9000人です。*3,*6
さらに、2025年には新たに災害関連死者数が最悪の場合5万2000人と算出されています。*7
日本の中核市の指定要件は「人口20万人以上」ですから、中核都市の住民がまるまるいなくなってしまう規模です。*8
避難者数:998万人
地震後に自宅が被害を受けたり断水・停電などライフラインが途絶した影響で避難を余儀なくされる人の数は、発災翌日で998万人、1週間後には1229万人、1か月後でも1195万人に上ると想定されています。*9
2025年時点の日本の総人口(約1億2317万人)の約1割、東京都の人口(約1400万人)に迫る規模の人々が長期にわたり避難生活を送るイメージになります。*10, *11
2019年5月31日から「南海トラフ地震臨時情報」の運用が開始されました。
「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)」が発表された場合、事前避難対象地域に住む人は、津波警報などが解除された後、浸水の恐れがない避難所や知人宅などへ移動し、1週間の事前避難を行います(図2)。*12, *13

図2:南海トラフ地震臨時情報が発表された際に対応が必要な地域
出所)内閣府「対応が必要な地域」
https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/rinji/pdf/pdf01.pdf
事前避難が想定される住民の数はおよそ50万5000万人で、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)が発表されただけで多くの人に影響が及びます。*14
建物被害数:全壊・焼失 235万棟
全壊・焼失する建物は最悪で235万棟に達するとされています。
日本の総住宅数は2023年時点で6502万戸です。もちろん、倒壊・消失するのは住宅だけではありませんが、単純計算で3%の住宅がなくなってしまいます。*9, *15
建物被害廃棄物は最大で約4億トンにもなると見積もられています。2023年の産業廃棄物の排出量は約3.65億トンですから、1年分の産廃量を上回るごみが排出されるのです。*9, *16
経済的被害額:270兆円
直接的な資産被害と生産・サービス低下による二次的被害を合わせて、最大で270兆3000億円に上ると試算されています 。*3
内閣府が作成した被害想定の資料によると、生産・サービス低下による生産額の減少や観光・商業吸引力の低下、住民の購買力の低下、域外流出などが挙げられています。
さらに、その影響は数年後にも及ぶと予測されており、日本全体の経済基盤に深刻な打撃を与え、国際的な競争力や地位の低下につながる恐れがあります。
加えて、巨額の復旧・復興費用は国家財政を圧迫し、長期的には財政状況悪化の要因となりかねません。*17
津波の高さ:最大30m
太平洋沿岸広範囲で高さ10mを超える大津波の襲来が想定されています。場所によっては30m級の津波が到達する恐れが指摘されており、高知県黒潮町では34m超の津波すら想定されています(図3)。*1, *18

図3:南海トラフ巨大地震で想定される最大30mの津波
出所)気象庁「南海トラフ地震について」
https://www.jma-net.go.jp/osaka/jishinkazan/nankai/QandAmenu/kiso.html
停電・ライフライン:最大2950万軒が停電
地震動や津波による設備被害で、最大2950万軒が停電し、被災直後に全国的な大規模停電が発生すると予測されています。電力は逐次他地域からの融通や系統切り替えで復旧していきますが、電柱倒壊など設備被害による停電の完全復旧には1週間以上を要する地域もあります。上下水道やガスなど他のライフラインについても被害は深刻で、例えば断水人口は発災直後で3590万人に及ぶとされます。*9

企業ができる対策
ものづくりを支える現場が止まれば、その影響は社会全体に広がってしまいます。だからこそ、企業には「人命を守ること」を第一に据え、そのうえで「設備や生産ラインを守り、顧客への供給を継続すること」を見据えた備えが求められています。
耐震化
工場の屋根や壁の補強、棚や機械の転倒防止など、基本的な対策こそが社員の命を守ります。実際、政府の調査でも、企業が行っている地震対策の代表例として「建物の耐震化」や「什器・器具の固定」が多く挙げられています。*19
2023年度の企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査によると、事業所の耐震基準の充足状況は新旧耐震基準を合算して約80%程度であり、そのうち旧耐震基準の建物を所有している企業は約33%にのぼります(図4)。 *20

図4:事業所における耐震基準の充足状況
出所)内閣府「令和5年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」P5
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/pdf/chosa_240529.pdf
このことは、まだ多くの企業が耐震補強や建物更新といった課題を抱えていることを示しています。日頃から通路に物を置かない、危険物を低い位置にまとめるといった小さな配慮も大切ですが、建物そのものの安全性を見直すことも、社員と事業を守る第一歩となるのです。
停電や通信断への備え
ひとたび停電が発生すると、製造設備が稼働できなくなるだけでなく、通信障害やデータの損失、空調が稼働しないことによる健康被害など、さまざまな影響が予想されます。
その対策として非常用発電機やUPS(Uninterruptible Power Supply:無停電電源装置)などを設置し、燃料を常に満タンにしておくことは欠かせません。
また、緊急地震速報や感震器と連動して設備を自動停止させる仕組みも有効です。*21, *22
ルールの策定
人命を守る観点では、避難導線の確保や役割分担の明確化が必要です。誘導係や点呼係を決め、定期的な避難訓練を行うことで、いざというときに慌てず行動できます。安否確認の仕組みも欠かせません。「まず家族を優先し、その後決められた方法で連絡する」といったルールを定めるだけでも、混乱を大幅に減らせます。*21
サプライチェーンの確保
南海トラフ巨大地震によって甚大な被害が想定される地域には、日本経済を支える産業が集まる「太平洋ベルト地帯」が含まれています。
そのため、一部の生産拠点が被災するだけでも部品や原材料の供給が滞り、経済的影響は被災地内にとどまらず全国、さらには海外にまで波及します。政府も、南海トラフ地震による被害規模は東日本大震災を大きく上回る可能性があると指摘しており、在庫を複数拠点に分散させる、代替調達ルートを用意しておくなどの事前準備が必要です。*17

BCPの策定が急務
南海トラフ巨大地震の被害想定を数字で見てきましたが、結局のところ「備えをどう形にするか」が問われています。その答えのひとつが BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)です。
内閣府の「令和5年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」によると、BCPを策定している企業は年々増加しています。特に上場企業では 62.0% が策定済み、非上場企業でも 48.5% に達しています。また、業種別に見ると、製造業の策定率は 58.3% と全体平均(50.5%)を上回っており、ものづくりを支える企業がサプライチェーンの要としてリスク管理に力を入れている姿勢がうかがえます(図5)。*20

図5:上場・非上場会社におけるBCP策定率
出所)内閣府「令和5年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」P2
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/pdf/chosa_240529.pdf
とはいえ、裏を返せば多くの企業はいまだ策定に至っていないのも事実です。BCPは大企業だけのものではなく、中小企業にとっても「取引先から選ばれ続ける」ための必須条件になりつつあります。地震が起きたその瞬間から、従業員を守り、顧客との約束を守り、社会の一部として役割を果たすには、平時からの準備が不可欠です。
南海トラフ地震の発生確率は30年で60~90%。遠い未来の話ではありません。BCPの策定は「もしものため」ではなく、「必ず来る現実への備え」です。数字の重みを直視し、企業としてどんな未来を選ぶのか----いまこそ真剣に向き合うときではないでしょうか。
参照・引用を見る
*1
出所)気象庁「南海トラフ地震について」
https://www.jma-net.go.jp/osaka/jishinkazan/nankai/QandAmenu/kiso.html
*2
出所)地震調査研究推進本部事務局「南海トラフの地震活動の長期評価(第二版一部改訂)について」P2
https://www.jishin.go.jp/main/chousa/kaikou_pdf/nankai_3.pdf
*3
出所)国立研究開発法人科学技術振興機構「南海トラフ巨大地震の新想定、死者29万人超・経済被害292兆円 国を挙げての防災・減災努力を」
https://scienceportal.jst.go.jp/explore/review/20250401_e01/
*4
出所)楽天カード株式会社「宝くじは買うべき?各種宝くじの1等当せん確率を解説、ジャンボ宝くじ1等はあの県の人口にひとりのレア度!?」
https://www.rakuten-card.co.jp/minna-money/bank/raffle/article_2407_00187/
*5
出所)地震調査研究推進本部事務局「『地震発生確率』について解説します」
https://www.jishin.go.jp/resource/column/column_24spr_p06/
*6
出所)読売新聞「M9級の南海トラフ地震、死者29万8000人・経済被害は292兆円...政府が初の想定見直し」
https://www.yomiuri.co.jp/science/20250331-OYT1T50059/
*7
出所)内閣府「南海トラフ巨大地震 最大クラス地震における被害想定について【定量的な被害量】 」P27
https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku_wg_02/pdf/saidai_01.pdf
*8
出所)総務省「地方公共団体の区分」
https://www.soumu.go.jp/cyukaku/
*9
出所)朝日新聞「南海トラフ地震の最新ニュース速報・解説」
https://www.asahi.com/topics/AP-9c38f9c4-b7fc-4cfe-b3b1-bc1e3cf407a3/
*10
出所)総務省「人口推計」
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.htm
*11
出所)東京都「東京都の人口(推計)」
https://www.toukei.metro.tokyo.lg.jp/jsuikei/js-index.htm
*12
出所)内閣府「特集② 南海トラフ地震臨時情報とは ~その時私たちは何をすればいいのか~」
https://www.bousai.go.jp/kohou/kouhoubousai/r06/111/special_02.html
*13
出所)内閣府「対応が必要な地域」
https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/rinji/pdf/pdf01.pdf
*14
出所)内閣府「南海トラフ地震事前避難対象地域に関する アンケート調査結果について」P5
https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/pdf/chousa_kekka.pdf
*15
出所)総務省「令和5年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計(速報集計)結果」P1
https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2023/pdf/g_kekka.pdf
*16
出所)環境省「産業廃棄物排出・処理状況調査報告書 令和5年度速報値」P26
https://www.env.go.jp/content/000303203.pdf
*17
出所)内閣府「南海トラフ巨大地震の被害想定について (経済的な被害) 」P1, P10
https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku_wg/pdf/3_sanko.pdf
*18
出所)黒潮町「黒潮町の津波・防災への取組」
https://www.town.kuroshio.lg.jp/pb/cont/summit-japanese/6023
*19
出所)一般社団法人中部経済連合会「『企業の地震対策に関するアンケート』調査結果」P5
https://www.chukeiren.or.jp/wp/wp-content/uploads/assets/policy_proposal/pdf/20180226_Quake(summary).pdf
*20
出所)内閣府「令和5年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」P2, P5
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/pdf/chosa_240529.pdf
*21
出所)AIG損害保険株式会社「企業における停電リスクとは?必要な対策を防災士が解説」
https://www.aig.co.jp/kokokarakaeru/management/natural-disaster/disaster01
*22
出所)気象庁「業種別の具体的な事例」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jishin/eew/katsuyou/jirei/jirei_006.html
田中ぱん
学生のころから地球環境や温暖化に興味があり、大学では環境科学を学ぶ。現在は、環境や農業に関する記事を中心に執筆。臭気判定士。におい・かおり環境協会会員。

