
2025年10月17日 09:00
技術伝承が進まない製造業 AIは日本の技術を次世代へ伝える架け橋となるのか
ものづくりの現場では、人材不足や働き手の高齢化により、ベテラン技術者の技術やノウハウを後継者に引き継ぐ技能継承が課題となっています。
とくに、ベテラン技術者の経験や勘といった「暗黙知」は、マニュアルによる標準化や言語化が難しい部分も多く、継承にも時間やコストがかかります。
しかし、次世代への技能継承が停滞すれば、企業の競争力低下を招くだけでなく、事業の存続すら脅かす可能性もあります。
こうした課題を解決するために、近年では技能継承へのAI活用が広がりつつあります。
AIを活用すれば、個人の経験や勘などの言語化が難しい「暗黙知」を「形式知」に変換することで、効率的にノウハウを共有することが可能になります。
この記事では、製造業が直面している技能継承に関する課題と、それを解決するためのAI活用への取り組みを紹介します。
製造業が抱える技能継承問題

ものづくり業界における人材不足の深刻化
日本の製造業では、以前から人材の確保が深刻な課題として認識されています。
経済産業省が2017年に実施したアンケートによると、94%の企業が人材不足に課題を抱えていると回答しており、さらに30%以上の企業がすでにビジネスに影響が出ているとしています。*1
近年では製造業の就業者数は減少傾向からやや横ばいで推移しているものの、産業全体に占める割合は依然として減少しています(図1)。*2

図1: 就業者数の推移
出所)経済産業省「ものづくり基盤産業の人手不足解決手法の検証について」p.2
https://www.kansai.meti.go.jp/3-5sangyo/jinzai/231019_shiryo4_kensho.pdf
さらに日本では少子高齢化の影響により、34歳以下の若年労働者の割合が低下しています。
2022年のデータによると、製造業・非製造業ともに若年層の割合は全体の25%程度にとどまっています。*2

技能継承・技術継承への問題意識
企業における人材不足は、社員の能力開発や人材育成を進めるうえで大きな障壁となります。
2023年に厚生労働省が実施した調査によると、能力開発や人材育成に関して問題を抱えている企業は全体の82.8%と高い割合を示しており、製造業は全産業よりもやや高くなっています(図2)。*3

図2: 能力開発や人材育成に関する問題がある事業所の割合の推移
出所)2024年版ものづくり白書「第2節 ものづくり人材の能力開発の現状」p.52
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2024/pdf/honbun_1_2_2.pdf
同調査では、人材育成に関する具体的な課題として、「指導する人材が不足している」が61.8%ともっとも高い割合となっています。
次いで「人材育成を行う時間がない」「人材を育成しても辞めてしまう」「鍛えがいのある人材が集まらない」が続きます。
この調査結果からも明らかなように、製造業の人材育成に関する最大の課題は、熟練の技術者などの指導人材の不足です。
そこで多くの企業では、退職者を指導者として再雇用したり、中途採用を増やすなどして指導人材の確保に取り組んでいます。*3
ものづくり業界における技能継承の課題は最近になって浮上したものではなく、以前から問題視されてきました。
2018年に実施された「ものづくり産業における技能継承の現状と課題に関する調査」では、94%の企業が「技能継承は重要である」と回答しています。
一方で同調査では、80%以上の企業が技能継承に不安を感じていると回答しています。
さらに、自社の技能継承に関しては「うまくいっていない」と回答した企業が「うまくいっている」を上回る結果となっており、技能継承の難しさが浮き彫りになっています。*4
このように、産業界全体で若手労働者が不足しているうえに、専門的な技術やノウハウを持つ指導人材の不足が重なり、ものづくり業界における技能継承が一層困難になっています。

「熟練の技」を継承する難しさ
日本が誇るものづくり技術を次世代に継承していくために、後継者の確保が重要な課題となっています。
企業が存続していくためには、ものづくりに必要な技術・技能の両方を継承していかなければなりません。
ではここで、混同しやすい「技術」と「技能」の違いについて一度整理しておきましょう。
「技術」と「技能」は同じ意味で扱われることもありますが、厳密には異なります。
まず「技術」とは、図面や数式、文章などの客観的な表現によって記録・伝達が可能な「形式知」を主体としているものです。
誰が見ても理解できる形で共有できるため、マニュアルなどを利用すれば特定の人に依存せず伝承していくことが可能です。
一方で「技能」とは、個人に内在する「暗黙知」を中心としたものです。
いわゆる「熟練の技」や「職人技」のようなもので、マニュアルや手順書で言語化することが難しく、属人化・ブラックボックス化しやすいのが特徴です。
技能は特定の人から切り離して存在することはできず、「技は目で盗め」といわれているように、実際の体験や経験を通して人から人へと受け継がれていきます。*4
積み重ねられた経験を通じて継承されるため、一般的に、「技術」と比較して「技能」の方が継承に時間がかかります。
さらに、技能継承しないままベテラン技術者が退職してしまうと、そのノウハウ自体が消失してしまうリスクもあります。
「技術」と「技能」は次世代への継承において異なる特徴がありますが、互いに完全に独立したものではありません。
デジタル化を推進することで、個人に依存する「技能」を標準化し、特定の技術者に頼らずに伝承できる「技術」に転換することも可能です。*4

ベテラン技術者の「暗黙知」を継承するためのAI技術
生成AIなどの技術の進展により、個人に依存する知識やノウハウをデジタル化・体系化することが技術的に可能になりつつあります。
ここでは、技能継承におけるAI活用について、具体的な事例について紹介します。
データの蓄積によるベテラン技術者のノウハウ抽出
三菱総合研究所が開発した「匠AI」は、ベテラン技術者の特定業務を機械学習によって模倣する生成AIです。
過去のデータの蓄積をベテラン技術者に示すことで気づきを促し、それをAIモデルに反映します(図3)。*5

図3: 予測AIへのノウハウ取り込み
出所)MRI「熟練技能者のノウハウ・技術の継承を支える「匠AI」」
https://www.mri.co.jp/service/takumi-ai.html
ベテランのノウハウを取り込んで構築された生成AIによって、貴重なノウハウが継承できるだけでなく、業務の効率化や高度化も実現します。
ほかにも、ライオン株式会社とNTTグループは共同で、生成AIを活用した暗黙知の伝承に関する取り組みをおこなっています。
ライオンでは以前から、生成AIと検索サービスを組み合わせることで、これまで蓄積された研究成果や実験データなどを効率的に取得できる「知識伝承AIシステム」の開発に取り組んでいました(図4)。*6

図4:「知識伝承のAI化」ツールの概要
出所)ライオン株式会社「生成AIと検索システムを用いた「知識伝承のAI化」ツールの開発を開始研究領域での活用により、イノベーションの創出を加速」
https://www.lion.co.jp/ja/news/2023/4464
この膨大な形式知が蓄積された「知識伝承AIシステム」に、NTTグループが開発した「勘所集」を取り込むことで、ノウハウを継承する生成Aを構築します。
「勘所集」ではベテラン技術者へのインタビューやさまざまな役職の社員が参加するワークショップから情報を収集し、暗黙知となっている技術やノウハウを抽出しています。*7
ベテランの技術を対話で引き出す技能継承サービス
東京大学発スタートアップであるAirion株式会社では、AIとの対話を通じてベテラン技術者のノウハウを形式知に変換する「技能継承くん」というサービスを提供しています。
この「技能継承くん」では、チャットや音声などのインタビュー形式でAIがベテラン技術者にヒアリングをおこない、そのノウハウを記録します。
AIが意味を解釈して、記録されたノウハウを標準化することで、誰が読んでも理解できる社内ナレッジとして再構築されます(図5)。*8

図5:「技能伝承くん」のサービス概要
出所)PR TIMES「製造現場の技能継承を強力サポート!ベテランの暗黙知をAIで可視化・活用するナレッジ活用統合AIシステム『技能継承くん』サービス提供開始」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000118893.html
蓄積されたノウハウは、AIチャットボットに質問することで簡単に検索することも可能です。
コニカミノルタジャパン株式会社が提供するオンラインマニュアル作成・運用サービス「COCOMITE(ココミテ)」にも、「AI技能伝承インタビュー」機能が搭載されています。この機能では、認知科学にもとづいたAIの質問に技術者が答えることで、音声データから自動的にマニュアルを作成することができます(図6)。*9

図6:「AI技能伝承インタビュー」機能の画面イメージ
出所)コニカミノルタジャパン株式会社「オンラインマニュアル運用サービス「COCOMITE」熟練技術を自動でマニュアル化する「AI技能伝承インタビュー」機能搭載」
https://www.konicaminolta.jp/business/information/release/241106_02.html
この機能を使えば、AIとの30分程度の会話で高度技能に関するマニュアルが作成できるため、技能継承にかかる時間やコストを大幅に削減できます。

おわりに
若い世代の労働力が不足し、高齢化が進むものづくり業界では、これまで当たり前とされてきた「技術は目で盗め」「背中を見て学べ」といった考え方が通用しにくくなってきています。
生成AIを活用すれば、これまで継承に時間がかかっていた熟練の技を言語化・マニュアル化することで、効率的に次世代へ伝えることが可能になります。
企業の競争力を維持し、失われつつある貴重な技術を未来へ残していくためにも、生成AIの活用は今後ますます重要になるでしょう。
参考文献
*1
出所)2018年版ものづくり白書「第2節 人手不足が進む中での生産性向上の実現に向け、「現場力」を再構築する「経営力」の重要性」p.83
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2018/honbun_pdf/pdf/honbun01_01_02.pdf
*2
出所)経済産業省「ものづくり基盤産業の人手不足解決手法の検証について」p.2, p.4
https://www.kansai.meti.go.jp/3-5sangyo/jinzai/231019_shiryo4_kensho.pdf
*3
出所)2024年版ものづくり白書「第2節 ものづくり人材の能力開発の現状」p.52
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2024/pdf/honbun_1_2_2.pdf
*4
出所)2019年版ものづくり白書「第3章 ものづくり人材の確保と育成」p.199, p.204, p.205
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2019/honbun_pdf/pdf/honbun_01_03_01.pdf
*5
出所)MRI「熟練技能者のノウハウ・技術の継承を支える「匠AI」」
https://www.mri.co.jp/service/takumi-ai.html
*6
出所)ライオン株式会社「生成AIと検索システムを用いた「知識伝承のAI化」ツールの開発を開始研究領域での活用により、イノベーションの創出を加速」
https://www.lion.co.jp/ja/news/2023/4464
*7
出所)NTT DATA「国内熟練技術者の技術継承に向け、生成 AI を活用した暗黙知伝承に関する取り組みを開始」
https://www.nttdata.com/global/ja/news/release/2024/060300/
*8
出所)PR TIMES「製造現場の技能継承を強力サポート!ベテランの暗黙知をAIで可視化・活用するナレッジ活用統合AIシステム『技能継承くん』サービス提供開始」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000118893.html
*9
出所)コニカミノルタジャパン株式会社「オンラインマニュアル運用サービス「COCOMITE」熟練技術を自動でマニュアル化する「AI技能伝承インタビュー」機能搭載」
https://www.konicaminolta.jp/business/information/release/241106_02.html
石上 文
広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。

