
2025年9月19日 09:00
5G活用でものづくりが変わる! ローカル5Gが実現する次世代の工場とは
日本では、2020年から高速・大容量通信を実現する5G(第5世代移動通信システム)の商用サービスが開始され、急速に普及しました。
次世代の通信インフラである5Gが社会に実装されることで、産業の発展への貢献が期待されています。
携帯事業者が全国規模でサービスを展開する5Gに対して、工場や自治体などで限定的に展開する5Gは、ローカル5Gと呼ばれています。
ローカル5Gは、企業の個別のニーズに応じて通信網を柔軟に構築でき、セキュリティが強固であることが特長です。
製造業でもローカル5Gのニーズが高く、IoT活用やDX推進を後押しすると考えられています。
この記事では、普及が拡大しつつあるローカル5Gの基礎知識と、ものづくりへの活用事例を紹介します。
普及が始まったローカル5Gの特長
そもそも5Gとは?
5Gとは、全国規模で展開される、携帯電話やスマートフォンなどの通信機器の次世代通信規格のことです。
これまで無線通信システムの規格は、2G、3G、LTE、4Gと進化してきましたが、5Gは4Gを上回る「超高速」に加えて、遠隔からロボットなどの精密操作をリアルタイムでおこなえる「超低遅延」、多数の端末を同時にネットワークにつなげる「多数同時接続」などの特長があります(図1)。*1
図1:5Gの特長
出所)総務省 令和2年版情報通信白書「第2部 基本データと政策動向」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd263210.html
充実したICTインフラを誇る日本は、5Gの展開に必要な光ファイバーの世帯カバー率が2021年度末時点で99.7%です。
そのため、5Gは急速に普及し、2022年度末時点で5G人口カバー率が96.6%に達しており、総務省が当初想定した目標を前倒しで達成しています。*2
ニーズに応じて柔軟に構築できるローカル5G
ローカル5Gは携帯事業者が展開する5Gとは異なり、企業や自治体などの個別のニーズに応じて自営のネットワークとして構築されるものです。
5Gのエリア展開が遅れる地域に先行的に構築することも可能で、他エリアで発生した通信障害や災害などの影響を受けにくいところもメリットとして挙げられます。
ローカル5Gは、工場や建設現場、農業などの幅広いシーンや環境で活用できます(図2)。*3
図2:建物内や敷地内で自営の5Gネットワークとして活用
出所)総務省「ローカル5G導入の手引き(令和4年3月版)」p.8
https://go5G.go.jp/sitemanager/wp-content/uploads/2022/06/ローカル5G導入の手引き(令和4年3月版).pdf
ローカル5Gは、「高速大容量」「超低遅延」「多数同時接続」の3つのどれを優先するかも、利用形態や利用環境によって柔軟に変更できます。
たとえば、IoT機器を多数活用する製造現場では「多数同時接続」を優先する、リアルタイム性が重要な自動運転では「超低遅延」を優先するなど、ネットワークの個別最適化が可能になります。
また、携帯事業者による5Gでは、スマートフォンで動画サービスを受信するなどのニーズを想定して、下り(Downlink)方向でのダウンロードを高速にすることが優先されていますが、ローカル5Gの場合は上り(Uplink)/下り(Downlink) 比率を自由に設定することができます。
たとえば、現場で収集した多数のカメラ画像や映像をサーバーに集約したい場合などは、上り(Uplink)を優先するように設定することもできます(図3)。*3
図3:Uplink/Downlink 比率の設定
出所)総務省「ローカル5G導入の手引き(令和4年3月版)」p.9
https://go5G.go.jp/sitemanager/wp-content/uploads/2022/06/ローカル5G導入の手引き(令和4年3月版).pdf
ローカル5Gは、2020年3月に商用サービスが開始された5Gと並行して検討が進められ、2019年12月に一部周波数で制度化、2020年12月に周波数が拡張されました(図4)。*4
図4:5Gの推進・展開
出所)総務省「ローカル5Gの普及展開に向けて」 p.5
https://www.soumu.go.jp/main_content/000802944.pdf
総務省では、2020年度から課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証を開始しています。
幅広い業界から公募をおこない、工場や医療現場、エネルギー、農業、モビリティ、防災などの多種多様な利用環境での技術検討を実施しています。*4
さらに、ローカル5Gへ関心はあるものの導入検討に苦労している企業・団体に向けて「ローカル5G導入の手引き」を公表し、導入を支援しています。*3
産業界におけるローカル5Gへの期待
ユーザーに合わせて個別最適化ができるローカル5Gは、スマートファクトリーやスマート農業、自動運転などのさまざまな利用シナリオが想定されています。
ローカル5Gを活用すれば、ICTの活用強化やテレワークの推進、遠隔操作によるロボット制御などが可能になり、生産性向上や働き方改革にもつながると期待されています(図5)。*5
図5:労働・産業におけるローカル5Gの活用イメージ
出所)総務省「ローカル5Gの活用イメージ」
https://www.soumu.go.jp/soutsu/kinki/policy/l5g_image.html
総務省が実施したアンケートによると、全国の約半数の企業がローカル5Gについて「知っていた」または「聞いたことがあった」と回答しており、ローカル5Gの認知が広がりつつあることが窺えます。
工場におけるローカル5Gの導入意向に関しては業種別で差はあるものの、電子機器や家電、自動車などのさまざまな加工製品を製造する加工組立型の製造業では、3社に1社以上が前向きであるという結果になりました(図6)。*6
図6:労働・産業におけるローカル5Gの活用イメージ
出所)総務省「製造現場におけるローカル5G等の導入ガイドライン」p.44
https://www.soumu.go.jp/main_content/000760634.pdf
ローカル5Gの市場規模は今後拡大していくことが見込まれており、2030年における日本での想定市場は1兆3,398円と予測されています(図7)。*7
図7:ローカル5G想定市場規模
出所)日本政策投資銀行「5G/ローカル5G調査レポート」 p.56
https://www.dbj.jp/upload/docs/5G_1.pdf
年平均成長率(CAGR)は71.3%と極めて高く、ローカル5Gは新たなビジネス創出の可能性を秘めています。
ローカル5Gの工場での活用事例
次に、工場などで実施されているローカル5Gの実証実験や導入事例を紹介します。
ローカル5G×MR技術による遠隔操作支援
MR(Mixed Reality)とは、日本語で「複合現実」と訳され、現実空間に仮想空間を融合させ、現実のモノと仮想的なモノのそれぞれがリアルタイムで影響しあう新たな空間を見せる技術のことです。*8
トヨタ自動車の工場では、ローカル5Gによって無線化されたMRシステムを用いることで、生産設備の事前検証や、遠隔作業支援を実現しました。
ローカル5Gの活用によって、これまで有線接続でおこなっていた作業の移動範囲や検証範囲が広がります。
生産設備製作時の配線作業遠隔支援では、MRシステムによって熟練技術者が遠方から現場の作業者に指導することが可能になります(図8)。*6
図8:MR技術を活用した遠隔作業支援の実現
出所)総務省「製造現場におけるローカル5G等の導入ガイドライン」p.59
https://www.soumu.go.jp/main_content/000760634.pdf
ローカル5GとMR技術を組み合わせることで、工場における後継者不足の解消や働き方改革の実施、多品種少量生産への対応など、さまざまな効果が期待されています。
屋内小型ドローンを活用したローカル5Gによる映像伝送
2021年、岐阜県にあるテクノプラザ本館では、ローカル5Gと屋内自律飛行型ドローン等を活用した、スマート保安の推進に向けた実証実験が実施されました。
スマート保安とは、急速に進むデジタル化や人口減少などの社会の変化に対応しつつ、産業保安規制の適切な実施と産業の振興を目指す、官民が連携した取り組みのことです。*9
この実証実験では、工場設備に見立てた屋内を屋内自律飛行型ドローンで撮影し、ローカル5Gによってリアルタイムで高精細な映像を無線伝送します(図9)。*10
図9:屋内小型ドローンを活用したローカル5Gによる映像伝送の実証実験
出所)総務省「㈱日立国際電気による 5G・AIが拓く サスティナブルな次世代社会への貢献に向けた取り組み」p.11
https://www.soumu.go.jp/main_content/000932574.pdf
ドローンによって、遠隔の事務室で工場設備の状態を高精細な映像を確認でき、異常の早期発見や故障の未然防止が可能になります。
設備点検をドローンがおこなうことで工場設備保安業務の効率化や人材不足解消、安全性向上にもつながります。
広大な工場に無線環境を整備できるローカル5G
製塩メーカー日本海水の赤穂工場では、工場DX推進に向けて、広大な工場全域をカバーするローカル5Gを導入しました。
赤穂工場には、電波の障害となる金属やコンクリートで覆われたプラントがあるため、Wi-Fiで無線環境を整備するにはアクセスポイントが膨大になるうえに、移動中に通信が途切れる可能性があります(図10)。*11
図10:株式会社日本海水 赤穂工場
出所)NTTビジネスソリューションズ「「塩」のリーディングカンパニーがローカル5Gを導入した理由」 p.2
https://www.nttbizsol.jp/case/pdf/nihonkaisui_outline.pdf
さらに、将来的には工場の製造設備の温度や圧力、流量、振動などの大量のデータを収集する多数のIoTセンサーを接続する想定があったことから、ローカル5Gが導入されました。
ローカル5Gは工場の安定運転に貢献するうえに、自社専用のネットワークであることから、強固なセキュリティを確保することができます。
ローカル5Gの本格的な普及は2025年以降
ローカル5Gは、製造業で課題となっている労働力不足や作業者の安全性確保、多品種少量生産への対応などを解決するソリューションとしても注目されています。しかし、現状ではローカル5Gはまだ実証段階のものが多く、実装に至ったものは限定的です。
5G利活用型社会デザイン推進コンソーシアムが実施した市場調査によれば、ローカル5Gの本格的な普及は2025年以降と見られています(図11)。*12
図11:ローカル5G普及ロードマップ
出所)JEITA「ローカル5G普及ロードマップを公開」
https://www.jeita.or.jp/japanese/pickup/category/2023/vol45-03.html
実証段階から商用段階へと移行し、市場規模を拡大していくうえで、ローカル5Gは今まさに過渡期を迎えようとしています。
参考文献
*1
出所)総務省 令和2年版情報通信白書「第2部 基本データと政策動向」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd263210.html
*2
出所)GO! 5G「世界最高水準の5Gの実現へ」
https://go5G.go.jp/about5G/
*3
出所)総務省「ローカル5G導入の手引き(令和4年3月版)」p.4, p.8, p.9
https://go5G.go.jp/sitemanager/wp-content/uploads/2022/06/ローカル5G導入の手引き(令和4年3月版).pdf
*4
出所)総務省「ローカル5Gの普及展開に向けて」 p.5, p.16, p.17
https://www.soumu.go.jp/main_content/000802944.pdf
*5
出所)総務省「ローカル5Gの活用イメージ」
https://www.soumu.go.jp/soutsu/kinki/policy/l5g_image.html
*6
出所)総務省「製造現場におけるローカル5G等の導入ガイドライン」p.42, p.44, p.59
https://www.soumu.go.jp/main_content/000760634.pdf
*7
出所)日本政策投資銀行「5G/ローカル5G調査レポート」 p.56
https://www.dbj.jp/upload/docs/5G_1.pdf
*8
出所)国土交通省「VR、ARについて」 p.2
https://www.nilim.go.jp/lab/qbg/bimcim/training/pdf/2/2.3.5.pdf
*9
出所)OPTiM「ローカル5Gを活用した小型ドローンによる屋内実証実験の開始について」
https://www.optim.co.jp/newsdetail/20211020-pressrelease-01
*10
出所)総務省「㈱日立国際電気による 5G・AIが拓く サスティナブルな次世代社会への貢献に向けた取り組み」p.11
https://www.soumu.go.jp/main_content/000932574.pdf
*11
出所)NTTビジネスソリューションズ「「塩」のリーディングカンパニーがローカル5Gを導入した理由」 p.2
https://www.nttbizsol.jp/case/pdf/nihonkaisui_outline.pdf
*12
出所)JEITA「ローカル5G普及ロードマップを公開」
https://www.jeita.or.jp/japanese/pickup/category/2023/vol45-03.html
石上 文
広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。