新しい電力源は「植物」「雨」? 果てしないエネルギー研究の最先端

床、雨、植物、湿度変化...あらゆる「動き」を電力に エネルギーハーベスティングの挑戦

電力は製造業に欠かせないものです。


しかし近年はIT業界、特にAIサーバーなどの電力消費が爆発的に増えたこともあり、世界は常に電力危機と隣り合わせとも言える状況にあります。


脱炭素の面からも、純粋な発電量の補填の面からも必要とされる再生可能エネルギーは太陽光や風水力がその代表格ですが、それだけでなく自然界の様々な現象を利用した発電方法が模索されています。

雑踏をエネルギー源にする「床発電」実験

わたしたちが施設内を歩く時、床には振動などのエネルギーが発生します。


では、多くの人が歩く場所でこのエネルギーを回収して電球を灯すことはできるか?
2006年度から2007年度にかけて、東京駅でそんな実験が行われました。


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東京駅で使われた床発電システム
(出所:JR東日本「床発電システム」の実証実験について」)
https://www.jreast.co.jp/development/theme/pdf/yukahatsuden.pdf p3


改札口の床に圧電素子=圧力をかけることで電圧を発生させる素材を組み込むことで、人が床を踏む圧力から電力を作り出すというものです。

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床発電システムの設置状況
(出所:シーエムシー出版「エネルギー・ハーベスティングの最新動向」)
https://neuro.musashino-u.ac.jp/publications/pdf/cmc.pdf p5


さてこの装置で、実際にどのくらいの電力を作り出すことができたのでしょうか。


実験は3回行われ、発電効率を上げるために設備のアップグレードが繰り返されました。
その結果、3回目の実験では1人が改札を通過するごとに、約4.3ワット秒の電力が得られました。

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東京駅の床発電実験で得られた発電量
(出所:シーエムシー出版「エネルギー・ハーベスティングの最新動向」)
https://neuro.musashino-u.ac.jp/publications/pdf/cmc.pdf p5


10人が通過することで40ワットの電球を1秒灯すことができる計算です。一連の実験で、利用客の多い日には1日あたり940キロワット秒の電力量が得られたといいます。*1


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雨の日なら、雨で発電すればいい?

床の振動、風、水の流れなど、モノが動く時には必ずそこにエネルギーが発生します。
これらをかき集めればお金をかけずに動力源が得られる、そのような考え方は「エネルギーハーベスティング(=harvesting、収穫)」と呼ばれます。
そして近年は、あらゆるものからエネルギーを集めようという研究が進んでいます。


引き続きいくつかご紹介していきましょう。


まず、中国などで研究が進められている「雨粒発電」です。


太陽光パネルは晴れの日には大活躍しますが、雨の日は発電できません。そこで、雨の日でも発電できる、むしろ雨粒で発電する技術を清華大学の研究者たちが発表しました。*2*3

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摩擦電気ナノ発電機「D-TENG」のイメージ
(出所:IEEE Xplore「Rational TENG arrays as a panel for harvesting large-scale raindrop energy」)
https://ieeexplore.ieee.org/document/10185664


雨粒は、落ちてくる過程での運動エネルギーと静電気エネルギーの両方を含んでいます。これらのエネルギーを電力に変換する「摩擦電気ナノ発電機(TENG:Triboelectric nanogenerator)」と呼ばれる技術です。


研究では効率化を進めた結果、面積15センチ四方のデバイスを用いた場合に1平方メートルあたり最大200ワットまで発電できたといいます。
もしかすると、台風や豪雨の多い日本にピッタリの技術かもしれません。

植物、微生物のチカラを利用

また、植物の成長エネルギーを電力に変換しようという研究が進んでいます。


電気通信大学が発表したのは「植物で動くロボット」の技術です。*4
植物は光合成によって、光を化学エネルギーに変換することで成長し、背丈が伸びるなどの変化を起こしていきます。
このエネルギーを利用してモノを動かせないか?という発想で、実際に植物の伸びる力で移動するロボットの開発に成功したというのです。


ロボットは非常にわかりやすい仕組みをしています。

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植物のエネルギーで移動するロボット
(出所:Adovanced Science「Plant Robots: Harnessing Growth Actuation of Plants for Locomotion and Object Manipulation」)
https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/advs.202405549


中にカイワレ大根を組み込み、その成長エネルギーで本体を動かそうという試みです。

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カイワレ大根の成長とロボットの回転
(出所:Adovanced Science「Plant Robots: Harnessing Growth Actuation of Plants for Locomotion and Object Manipulation」)
https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/advs.202405549


そして実際カイワレが成長するにつれ、ロボットを移動させることに成功しています。
ロボットは成長によって引き起こされた変位を回転運動のエネルギーに変換し移動したのです。


最初のカイワレ大根がロボットを十分に回転させると、2番目のカイワレ大根が地面に接触し、回転運動に寄与し始めます。このプロセスを繰り返すことで、連続的な回転が可能になったということです。


災害時の非常用電源としての期待も

また、植物と共生する微生物の活動を電力源にするという技術も開発されています。土の中から電力を取り出すのです。

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植物発電で灯る明かり
(出所:株式会社グリーンディスプレイ「植物の力で発電!未来のエネルギー『botanical light』」)
https://www.green-display.co.jp/info/column/info-691/


植物発電のしくみはこのようになっています。*5


植物は、成長する過程で根から土にデンプンなどの糖を放出します。すると微生物の活動が活性化して、土の中にマイナスの電子を発生させます。ここに電極としてマグネシウムと木炭を入れると電子が移動し、電力になるというものです。

現在では、単三電池約2本分の発電が可能だということです。*6


微生物が活動している限りエネルギーは発生し続けますから、災害時には非常電源として使えるようになりそうです。


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「エネルギーハーベスティング」の可能性は無限大

他にも多くのエネルギー源が模索されています。


産業技術総合研究所は大気中の湿度の変動を発電に利用する「湿度変動電池」の研究を進めています。湿度は常に変動していますから、こちらも効率的な装置さえあれば発電を続けてくれそうです。*7


他には騒音を利用した音力発電、キーボードのタイピング振動からの発電など、アイデアは多岐に渡ります。

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研究されているエネルギー源の事例
(出所:三菱総合研究所「エネルギーハーベスティングが拓くIoTの世界」)
https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/20170120.html


もちろん石油や石炭による発電のような常に安定した電力量がまだ得られていないものも多くあります。


しかし電力を当たり前のものとして、その価値やありがたさをあまり考えなくなった現代の私たちには、このようにコツコツと小さなエネルギーを拾い集める努力を知ることも重要でしょう。



*1
三菱総合研究所「エネルギーハーベスティングが拓くIoTの世界」
https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/20170120.html

*2
マイ大阪ガス「中国 vol.58 雨の日だって再エネは作れる。中国で進む「雨粒発電」」
https://services.osakagas.co.jp/portalc/contents-2/pc/ideas-for-good/1768111_39023.html

*3
IEEE Xplore「Rational TENG arrays as a panel for harvesting large-scale raindrop energy」
https://ieeexplore.ieee.org/document/10185664

*4
電気通信大学「【ニュースリリース】植物で動くロボットを開発」
https://www.uec.ac.jp/news/announcement/2024/20241010_6544.html

*5
NHKおはBiz「微力だけど発電します」
https://www3.nhk.or.jp/news/contents/ohabiz/articles/2023_0306.html

*6
株式会社グリーンディスプレイ「植物の力で発電!未来のエネルギー『botanical light』」
https://www.green-display.co.jp/info/column/info-691/

*7
国立研究開発法人産業技術総合研究所「湿度変化で発電できる「湿度変動電池」の性能がアップ」
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250122/pr20250122.html

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。 取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。