
2025年9月 5日 09:00
高校野球のドラマに負けない、事業承継者による熱い戦い「アトツギ甲子園」
「甲子園」と聞けば、真夏の炎天下で汗と涙を流しながら白球を追う高校球児たちの姿が思い浮かびます。でも実は、ビジネスの世界にも、汗と涙のドラマがあるんです。
その名も「アトツギ甲子園」。全国の中小企業の若き後継者たち(アトツギ)が、自社の資源と情熱を武器に新事業のアイデアを競い合う、まさにビジネス版甲子園です。
数字で見る後継者問題
最近よく耳にするようになった「事業承継」という言葉。これは会社を経営している先代社長から、後継者へ経営権や経営資源、物的資産を引き継ぐということを指します。*1
テレビや新聞など、多くのメディアがこの問題を頻繁に取り上げていることからも、世間の関心の高さがうかがえます。
では、いったいどれほど多くの企業が後継者不足に悩んでいるのでしょうか。
帝国データバンクが2024年に発表した「全国企業後継者不在率動向調査」によると、全国の企業のうち実に52.1%が後継者不足に悩んでいるというデータがあります。約半分の企業が「次の経営者が見つからない」という深刻な状況に直面しているのです(図1)。*2
図1:後継者不在率の推移
出所)株式会社 帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2024年)」
https://www.tdb.co.jp/report/economic/succession2024/
また、社長が高齢になると事業承継自体が白紙になるリスクが高くなります(図2)。*2
図2:年代別・後継者不在の内訳
出所)株式会社 帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2024年)」
https://www.tdb.co.jp/report/economic/succession2024/
「全国社長の年齢調査(2024年)」では、2024年時点で社長年齢は60.7歳で、過去最高を更新したと報告されています。
これは、企業を率いる経営者の高齢化が進み、それに伴って後継者不足の問題が今後ますます深刻化する可能性を示しています(図3)。*2
図3:社長年齢の推移
出所)株式会社 帝国データバンク「全国『社長年齢』分析調査(2024年)」
https://www.tdb.co.jp/report/economic/20250325-presidentage2024/
さらに、中小企業に目を向けてみましょう。
中小企業における後継者不在率は徐々に減少しているとはいえ、依然として半数以上の企業で後継者が不在です(図4)。*3
図4:中小企業における後継者不在率の推移
出所)中小企業庁「2024年版『中小企業白書』 第6節 事業承継」
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2024/chusho/b1_3_6.html
2021年度のデータでは日本の製造分野の企業のうち99.4%が中小企業。従業者数の内訳について見ても、65.4%が中小企業によって雇用されています。*4, *5
こうした数字を見ていくと、「事業承継」という言葉が単なるニュースの話題ではなく、私たちの日常や社会全体にも深くかかわる問題であることが実感できるのではないでしょうか。
今回紹介するのは、事業承継、いわゆる「跡継ぎ」がアツい戦いを繰り広げるイベントです。
※画像引用:中小企業庁主催 第6回「アトツギ甲子園」Webサイト
https://atotsugi-koshien.go.jp/より
アトツギ甲子園とは?
「アトツギ甲子園」とは、39歳以下の若手後継者たちが自社の経営資源を活かし、情熱あふれる新規事業アイデアを競い合うピッチイベントです。地域経済を支える中小企業の多くが事業承継の課題に直面する中、積極的な後継者のチャレンジを応援し、早期の事業承継を促進するために、経済産業省や中小企業庁が後押ししています。
このイベントには北海道・東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州・沖縄という全国6つのブロックで地方予選大会があり、それぞれの地区を勝ち抜いたアツい志を持つ後継者たちが、全国の舞台である決勝大会(ファイナル)に集結します。決勝大会では、最優秀賞に経済産業大臣賞、中小企業庁長官賞をはじめ各企業特別賞などが贈られ、地方大会で惜しくも決勝に進めなかった参加者も、評価された事業案は準ファイナリストとして称えられます(図5)。*6
図5:アトツギ甲子園審査の流れ
出所)アトツギ甲子園「第5回アトツギ甲子園 - 後継者たちの本気の挑戦『アトツギ甲子園』」
https://atotsugi-koshien.go.jp/about/
実は「事業承継」は単なる企業存続の手段ではありません。
中小企業庁の資料によると、事業承継後3年目以降には売上高成長率が同業種の平均を上回る企業が多く、特に若い世代が経営を引き継いだ企業ほど、従来の枠組みを超えた事業再構築に積極的に取り組む傾向があります。
こうしたデータからも、若手後継者が新しい視点や柔軟な発想を活かし、意欲的に新事業にチャレンジすることの重要性が見えてきます(図6)。*7
図6:事業承継後の売上高成長率(左)事業承継時の経営者年齢と事業再構築への取り組み(右)
出所)中小企業庁「事業承継を知る」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/know_business_succession.html
アトツギ甲子園出場のメリットとは?
「アトツギ甲子園」に実際に出場した後継者たちのアンケートを見てみると、半数以上が事業の拡大につながったと答えています。また、それだけでなく、メディアからの取材が増えたり、ビジネスイベントへの登壇依頼が寄せられたりと、外部との交流も活発になり、自社や事業への注目度が一気に高まっています(図7)。*8
図7:アトツギ甲子園エントリー・出場効果
出所)経済産業省「 第5回『アトツギ甲子園』へのエントリーを募集します」
https://www.meti.go.jp/press/2024/08/20240801001/20240801001.html
書類提出者は書類審査委員(経営者等)からコメントをもらえるため、事業計画のブラッシュアップにつながり、新たな気づきを得る機会にもなります。
また、多くの後継者たちとの出会いも大きな財産。互いに刺激し合い、新たなネットワークを構築できるのは、出場者ならではの大きなメリットと言えるでしょう。
ちなみに、筆者が「アトツギ甲子園」を知ったきっかけは補助金関連の書類です。
「補助金書類になんで甲子園?」と、もう一度その書類の文字を二度見してしまいました。
実は、アトツギ甲子園の地方予選大会出場者(書類審査通過者)は、2025年時点で、省力化投資補助金、ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金、事業承継・M&A補助金、Go-Tech事業、事業再構築補助金における加点措置・優遇措置を受けることができます。
さらに、ファイナリスト(決勝大会出場者)、準ファイナリストになると、小規模持続化補助金の加点措置、事業承継・M&A補助金の重加点措置を受けることができます。*6
アトツギ甲子園に出場し勝ち進むということは、それだけ優良な事業者であると国や金融機関から認められる、という側面があります。
つまり、アトツギ甲子園で自身のアイデアを磨き、公の場で発表し、評価を得ることは、事業の信頼性を高める「お墨付き」を得る機会とも言えるわけです。まさに、甲子園のグラウンドで才能を開花させた選手が、プロの世界への切符を手にするように、アトツギたちが未来の事業拡大に必要な「資金」という切符を掴むためのステップになり得ます。
※画像引用:日本M&Aセンター 「アトツギ甲子園」決勝大会 次世代経営者たちの挑戦
https://www.nihon-ma.co.jp/columns/2025/x20250226/より
出場者はどんな人?アトツギ甲子園の主人公たち
熱い想いを胸に、家業の未来をかけた一打席に挑む彼らは、まさに「アトツギ球児」です。そのバックグラウンドは実に多様で、まさに十人十色。共通しているのは、培われた技術や信用、そして自分たちの手で家業をさらに発展させたいという、強い決意と覚悟を持っていることです。
2024年度のアトツギ甲子園の受賞者は表1の通り。
グランプリ 経済産業大臣賞 | 農業・林業 | 京都府 | 株式会社あしだ / 芦田 拓弘さん |
林業のサプライチェーン革命! 日本経済を変える木材流通システム |
---|---|---|---|---|
中小企業庁長官賞 | 製造業 | 岐阜県 | 豊実精工株式会社/ 今泉 亮太郎さん |
クロムフリーERINでメッキの産業革命 豊かに実る未来を世界へ |
優秀賞 | 製造業 | 岐阜県 | ニッケンかみそり株式会社/ 熊田 征純さん |
ニッチな発想で世界へ 老舗かみそり会社の新たな挑戦 |
優秀賞 | 農業・林業 | 大分県 | 有限会社育葉産業/ 栗田 貴宏さん |
みつば農家から始まる挑戦 日本の水耕農家の救世主に! |
優秀賞 | 教育・学習支援業 サービス業 |
愛知県 | 岡崎竜城スイミングクラブ/ 大森 玲弥さん |
すべての子どもに可能性を 特別支援教育に学校水泳の新提案 |
オーディエンス賞 | 卸売業 | 岡山県 | 有限会社藤田酒店/ 藤田 圭一郎さん |
酒の卸から始まる オリジナルギフトECで救う地方零細 |
地方創生賞 | 製造業 | 福岡県 | 株式会社博水/ 江越 雄大さん |
魚のフードロスを活用し 練り物業界の未来を作る |
Trailblazer賞 | 卸売業 | 岡山県 | 有限会社藤田酒店/ 藤田 圭一郎さん |
オリジナルラベルのお酒EC スナップリカー |
表1:第5回「アトツギ甲子園」決勝大会受賞者
出所) 経済産業省「第5回『アトツギ甲子園』決勝大会の受賞者を決定しました 」
https://www.meti.go.jp/press/2024/02/20250220004/20250220004.html
いずれも、タイトルを見ただけで「どんな事業なんだろう」と思わせてくれます。
実際に、プレゼンテーションの動画を視聴すると、どの事業者も自社の強みを深く掘り下げ、現代社会の課題解決に繋げる発想力と実行力に驚かされます。
中でも筆者が気になったのは豊実精工株式会社・今泉氏のプレゼンです。
今泉氏は六価クロムメッキの代替技術クロムフリー表面処理技術「ERIN」を紹介しています。
筆者自身、過去に業務でメッキ処理について調べたことも相まって、ものづくり企業の新たな挑戦という点にとても興味が湧きました。
今泉氏は、この技術を応用して新たなビジネスモデルを構築し、地球環境と経済の両方に貢献する壮大なビジョンを語っています。*10
そのプレゼンテーションは、単なる技術紹介にとどまらず、中小企業が持つポテンシャルと社会課題解決への意欲を強く感じさせるものでした。
ビジネスって面白い
アトツギ甲子園の様子は、YouTubeでも公開されています。決勝大会の動画はなんと5時間以上。映画シリーズ並みのボリュームです。*10
でも、そんな長時間にもかかわらず、アトツギたちのプレゼンに熱中してついつい見続けてしまいます。まさに「ビジネスって面白い」と感じさせてくれる熱い戦いが繰り広げられています。
筆者がアトツギ甲子園の存在を知ったのは、すでに審査が終わってからでした。一般観覧も大会会場でできるようなので、いつか直接会場の熱気を肌で感じてみたいと思っています。
参照・引用を見る
*1
出所)三菱UFJ銀行「事業承継がはらむさまざまな問題とその解決策 スムーズな事業承継のために取り組むべきこと」
https://www.bk.mufg.jp/soudan/shisan/lp/column/14.html
*2
出所)株式会社 帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2024年)」
https://www.tdb.co.jp/report/economic/succession2024/
*3
出所)中小企業庁「2024年版『中小企業白書』 第6節 事業承継
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2024/chusho/b1_3_6.html
*4
出所)中小企業庁「産業別規模別企業数」
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/chousa/chu_kigyocnt/2023/231213kigyou2.pdf
*5
出所)中小企業庁「中小企業白書 2021」Ⅰ-123
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2021/PDF/chusho/03Hakusyo_part1_chap2_web.pdf
*6
出所)アトツギ甲子園「第5回アトツギ甲子園 - 後継者たちの本気の挑戦『アトツギ甲子園』」
https://atotsugi-koshien.go.jp/about/
*7
出所)中小企業庁「事業承継を知る」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/know_business_succession.html
*8
出所)経済産業省「 第5回『アトツギ甲子園』へのエントリーを募集します」
https://www.meti.go.jp/press/2024/08/20240801001/20240801001.html
*9
出所) 経済産業省「第5回『アトツギ甲子園』決勝大会の受賞者を決定しました 」
https://www.meti.go.jp/press/2024/02/20250220004/20250220004.html
*10
出所)YouTube「第5回『アトツギ甲子園』決勝大会」
https://www.youtube.com/watch?v=YREmfHk24Cw&t=9675s
田中ぱん
学生のころから地球環境や温暖化に興味があり、大学では環境科学を学ぶ。現在は、環境や農業に関する記事を中心に執筆。臭気判定士。におい・かおり環境協会会員。