「つくる責任、つかう責任」が試される もうすぐ宇宙ゴミが地球を完全に覆う?

地球が封鎖される? 「宇宙ゴミ」が地球を完全に覆う日はもうそこまで

気象観測、放送、通信、GPS...。


わたしたちは今、当たり前のように人工衛星を利用しています。
さらには月探査や火星探査といった最先端の宇宙開発のためにも、多くの衛星、それらを積んだロケットが打ち上げられています。


しかし、これらさまざまな目的で打ち上げられた人工衛星やロケットの残骸などはその役目を終えても「宇宙ゴミ」として長く地球の軌道にとどまり、近年は「宇宙ゴミ(スペースデブリ)」として世界的に問題になっています。


「宇宙空間は広大だからスペースデブリどうしの衝突は起きない」。
かつてはそんな理論もありましたが、大量の衛星打ち上げにより地球の軌道は限界を迎えつつあるようです。


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宇宙開発の夜明けと「ビッグ・スカイ理論」

人類が初めて宇宙空間に人工物を打ち上げたのは1957年のことです。


直径58センチ、重量83.6kgのアルミニウム合金製の球形衛星。旧ソ連の「スプートニク1号」は10月4日に打ち上げられ、地球周回軌道に投入されました。スプートニクとは元々は「同行者」を意味したものでしたが、現代ロシア語では「衛星」と同義語になっています。*1, *2

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スプートニク1号
(出所:NASA/Asif A. Siddiqi「Sputnik 1」)
https://www.nasa.gov/image-article/sputnik-1/


その後当面、宇宙は技術の見せ合いという東西冷戦の舞台になってしまいます。しかしそこから70年近くが経ち、いまやわたしたちは人工衛星から多くの恩恵を受けています。
気象観測、テレビ放送、GPS、インターネット...これらがなければ、わたしたちの生活は考えられないほど不便になることでしょう。


しかし、その宇宙開発にも危機が迫っているようです。


「ビッグ・スカイ理論」

人工衛星はひとたび軌道を周回しはじめると、その役割を終えても宇宙空間に残り続けます。宇宙開発が進むにつれ、これまで大量の人工物(衛星、ロケットの残骸など)が宇宙空間に打ち上げられてきました。


しかし当初は、宇宙空間のような広大な3次元空間では、2つの物体が偶然ぶつかることは極めて稀でしかない、という「ビッグ・スカイ理論」が支持されていました。*3
「多少のポイ捨てに過ぎない」といった感じでしょうか。宇宙空間に打ち上げたものを「回収する」という考えはなかったことでしょう。


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小片侮るなかれ「ケスラー・シンドローム」

しかし近年、事情は大きく変わっています。
軌道上に打ち上げられた物体の絶対数がウナギ上りであるうえ衛星の破壊実験や、ついに衛星同士の衝突事故も起き、スペースデブリの数は急増しています。

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カタログに登録されている軌道上の物体数
(出所:JAXA「スペースデブリに関する最近の状況」)
https://www.env.go.jp/content/900442397.pdfp.3


地球から観測可能な10センチ以上の人工物の数は約2万個、1センチ以上のものは50~70万個、1ミリメートルサイズになると1億個を超えるとされているのです。*4


ビッグ・スカイ理論が唱えるように、一体何個までの打ち上げが宇宙空間の安全利用につながるのかは具体的な数で想像することはできません。


スペースデブリにはこのような特徴があります。


デブリは秒速7~8kmで軌道を周回しています。ものと衝突する場合の相対速度は秒速10~15km、これはピストルの10倍以上速い速度ですから、小さな破片の衝突も巨大な運動エネルギーを持っています。


そして実際、デブリが運用中の衛星に衝突する事例が多数出ているのです。


1990年に打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡は、遠い昔の超新星爆発や銀河の発見などを続けています。

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ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた銀河NGC4449
ESA/Hubble & NASA, E. Sabbi, D. Calzetti, A. Aloisi
(出所:NASA「Hubble Studies Small but Mighty Galaxy」)
https://science.nasa.gov/missions/hubble/hubble-studies-small-but-mighty-galaxy/


しかしこのハッブル宇宙望遠鏡は度重なるスペースデブリの衝突を受け、太陽光パネルに多数の傷を受けています。

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2002年にハッブル宇宙望遠鏡から回収された太陽電池
(出所:ESA「Hubble's impactful life alongside space debris」)
https://www.esa.int/Space_Safety/Hubble_s_impactful_life_alongside_space_debris


ハッブル宇宙望遠鏡は宇宙飛行士の船外活動でたびたび修繕されていますが、地球は大量の「ゴミ」に囲まれているのが現状です。

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地球を取り囲むスペースデブリ
(出所:NASA「What Is Orbital Debris? (Grades 5-8)」
https://www.nasa.gov/learning-resources/for-kids-and-students/what-is-orbital-debris-grades-5-8/


そしていま懸念されているのが「ケスラーシンドローム」というシナリオです。軌道上のスペースデブリの密度がある限界を超えると、衝突・破壊の連鎖によって宇宙ごみが爆発的に増え続け、一切の宇宙開発ができなくなるというものです。


地球上から通信できている衛星であれば衝突回避もできるでしょうが、問題は通信の途絶えた衛星やロケットの残骸など、地上からコントロールできなくなったスペースデブリです。


これらのデブリの自己増殖に手がつけられなくなってしまうと、現在運用中の衛星すら衝突の連鎖に巻き込まれて破壊され、それらの修理を行うためのロケットなどの打ち上げも不可能、という最悪の事態も考えられます。*4, *5


スペースデブリによる衛星破損

実際に運用中の衛星にスペースデブリが衝突し、衛星が大破したり破損したりする事故は、近年相次いでいます。

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衛星を破損したスペースデブリ衝突事例
(出所:JAXA「スペースデブリに関する最近の状況」
https://www.env.go.jp/content/900442397.pdf p4


なお「カタログ化物体」とは、観測できるデブリのことですが、カタログ化されていない、つまり把握できていないデブリによって衛星の破損が起きているということです。


ケスラーシンドロームによる衛星の破壊というシナリオも、完全な空論ではなさそうです。


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起こしてはならない「スター・ウォーズ」

さて現在、デブリを激増させる「あるもの」が懸念されています。


ASAT=対衛星兵器の技術です。


衛星のなかには軍事目的のものも多くあります。相手の人工衛星を攻撃し戦闘能力を下げようという狙いの兵器で、まさに戦争を宇宙空間に持ち込むものです。*6


地球周回軌道上にはいま約6000基の衛星がありますが、スペインのマラガ大学が行ったシミュレーションによると、人工衛星があと250基破壊されると人類は宇宙にアクセスすることが不可能になるという可能性が示されています。*7
当事国が互いにASATを使い始めてしまうと、250基の破壊などそう難しいことではないでしょう。


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文明の利器を本当に文明のために使えるか

ここまでスペースデブリをめぐる最近の話題の一部をご紹介してきました。


人類は地球上でさまざまな発明をしてきましたが、気がつけばそれらはことごとく殺人の道具に進化してきています。歴史はそこに法律でなんとか蓋をしてきたように見えますが、今のところ宇宙空間を取り締まる人はいません。宇宙空間には、いまは確たる国際法がないに等しい状態だからです。


発明を己に向けた刃に変えてしまう。
せめて宇宙空間でだけは、そのような事態は避けたいものです。



*1
NASA「Sputnik 1」
https://www.nasa.gov/image-article/sputnik-1/

*2
三菱電機サイエンスサイト「宇宙を回る「旅の仲間」たち」
https://www.mitsubishielectric.co.jp/dspace/column/c0207_5.html

*3
朝日新聞GLOBE+「宇宙ごみ「スペースデブリ」、これが実態 衛星ビジネスを脅かす深刻さ」
https://globe.asahi.com/article/13096423

*4
JAXA「スペースデブリに関してよくある質問(FAQ)」
https://www.kenkai.jaxa.jp/research/debris/deb-faq.html

*5
Forbes Japan「大型宇宙ごみが危うく正面衝突 懸念される衝突の連鎖「ケスラーシンドローム」」
https://forbesjapan.com/articles/detail/66554/page2

*6
防衛省「令和元年防衛白書 <解説>宇宙空間をめぐる安全保障の動向」
http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2019/html/nc005000.html

*7
ニフティニュース「人工衛星が250個破壊されると人類は完全に地球に閉じ込められてしまう!」
https://news.nifty.com/article/item/neta/12363-4090741/

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後TBSに入社、主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として国内外の各種市場、産業など幅広く担当し、アジア、欧米でも取材活動にあたる。その後人材開発などにも携わりフリー。取材経験や各種統計の分析を元に各種メディア、経済誌・専門紙に寄稿。趣味はサックス演奏と野球観戦。

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