労働者への熱中症対策が義務化!熱中症対策はどこまでやればいいのか?

労働者への熱中症対策が義務化!何をどこまでやればいい?

2025年6月1日から、企業に熱中症対策の義務が課されました。これは、単なる努力目標ではなく、法的な責任を伴うものです。違反すれば罰則も。企業は従業員の安全を守るために、具体的な対策を講じることが求められます。


そもそも、製造業は熱中症の発生件数が多い業種です。

今回は、義務化のポイントや企業のユニークな熱中症対策事例を紹介します。


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「暑さを我慢する」では済まされない時代へ

筆者が学生だった1990年代は、教室に空調がないことは当たり前、部活中は水を飲んではいけないといった今となっては考えられないような"昭和の体育会系ルール"がまかり通っていました。


幸いにも、筆者は屋外で部活動をしていても熱中症になったことがなく、気温が30℃を超える真夏日も今ほど多くなかったと記憶しています。


実際に、1990年代と2000年代を比較すると、熱中症死亡者数は急増しています(図1)。*1

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図1:熱中症予防者数の変化
出所)環境省熱中症予防情報サイト「熱中症の現状と今後について」p.5
https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/sympo/20220707_2.pdf


さらに、年間の真夏日日数も増減を繰り返しながら着実に増加しています(図2)。*2

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図2:東京の年間真夏日日数
出所)気象庁「大都市における真夏日日数の長期変化傾向」
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/himr/himr_tmaxGE30.html


2025年5月21日には岐阜県飛驒市の神岡で35.0℃を記録し猛暑日となりました。*3
筆者が子供のころ、5月に35℃を超えた日はほとんど記憶にありません。


このような気候の変化もあり、暑さへの対応を「根性」や「自己責任」で片付けることは、もはや通用しません。

「午前9時の時点ですでに汗だく」
「風通しの悪い作業場で立っているだけで体力が奪われる」
夏の現場で働く人なら誰もが一度は経験することではないでしょうか。
一般的に工場は空間が広いため、空調管理が難しく、夏場に暑さと戦いながら働くことは珍しくありません。*4


実際、製造業は建設業に次いで2番目に熱中症による労働災害が多い業種です(図3)。*5

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図3:職場で熱中症になった人数の業種別グラフ
出所)厚生労働省「働く人の今すぐ使える熱中症ガイド」p.5
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001098903.pdf


現場の暑さ対策はもはや「その年だけの異常気象対策」ではなく、「年々悪化する暑さへの恒常的な備え」へとシフトすべき段階にあるのです。


このような中、2025年6月1日から、職場での熱中症対策がついに"義務"になりました。これは努力目標ではなく、罰則もあります。*6
つまり、企業も「ちゃんとやっています」と胸を張って言える対策が必要になるということです。


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義務化された熱中症対策、どのような内容?

前述の通り、2025年6月から職場における熱中症対策を強化するため、改正労働安全衛生規則が施行されました。*7


この法改正の背景には、先ほど述べた温暖化の進行と、それに伴う熱中症による労働災害の増加があります。


対象となる企業、熱中症の恐れがある作業場の条件とは?

対象となる企業はすべての企業です。つまり、オフィスワークが中心の企業から、屋外作業が多い建設業、製造業まで、すべての事業者が熱中症対策に取り組む必要があります。規模の大小や業種に関わらず、すべての企業が対策を講じなければならないのです。


厚労省は熱中症の恐れがある作業場として、以下の条件を示しています。*6, *8


 ●気温が31℃以上
 ●または「暑さ指数(WBGT)」が28以上
 ●上記の環境で、1時間以上連続作業や1日4時間以上の作業が見込まれる場所


オフィスビルで働いている場合、多くの職場に空調があるため作業環境が31℃以上になることは想像がつかないかもしれません。


しかし、製造現場では前述の通り、空調が効きにくい場所も多く存在します。*4

特に、炉や機械から発生する熱、直射日光が当たる場所などでは、容易に31℃を超える可能性があります。


「暑さ指数」(WBGT)とは、気温、湿度、日射・輻射(ふくしゃ)熱から算出される、熱中症を予防することを目的として作られた指標です(図4)。*9, *10

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図4:WBGT基準値
出所)厚生労働省熊本労働局「働く人の今すぐ使える熱中症ガイド」p.2
https://jsite.mhlw.go.jp/kumamoto-roudoukyoku/content/contents/002215755.pdf


「え、それってウチの工場も当てはまるんじゃ......」と感じた方、正解です。空調の効かない製造現場や屋外の建設・運送・警備など、実はかなり広い範囲で熱中症の恐れがある作業場に該当する可能性があります。


では、どんな対応が必要か?

厚生労働省は、職場における熱中症による死亡災害は、初期症状の放置・対応の遅れが主な原因であると指摘しています。*10


そのため、企業は労働者の健康状態を把握し、異常を感じた場合は速やかに対応できる体制を構築する必要があります。
今回の義務化で企業に求められるのは、大きく言えば「異常に気づいてすぐ動ける仕組み」をつくることです。具体的には体制整備、手順作成、関係者への周知が義務付けられています。厚生労働省富山労働局のお知らせを引用すると、具体的には以下の措置が義務とされています。*7


 1.熱中症を生ずるおそれのある作業(※)を行う際に、
  ①「熱中症の自覚症状がある作業者」
  ②「熱中症のおそれがある作業者を見つけた者」
 がその旨を報告するための体制(連絡先や担当者)を事業場ごとにあらかじめ定め、関係作業者に対して周知すること
 2.熱中症を生ずるおそれのある作業(※)を行う際に、
  ①作業からの離脱
  ②身体の冷却
  ③必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせること
  ④事業場における緊急連絡網、緊急搬送先の連絡先及び所在地等
※ WBGT(湿球黒球温度)28度又は気温31度以上の作業場において行われる作業で、継続して1時間以上又は1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれるもの


ルールを破るとどうなる?

対策を怠った場合は6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科される可能性があります。「知らなかった」では済まされないのが、今回の法改正のポイントです。企業は労働環境の改善と、熱中症に関する知識の普及に本気で取り組む必要に迫られています。*6


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現場で実践されている熱中症対策あれこれ

ここでは、実際に行われている企業の熱中症対策を紹介します。
さまざまなテクノロジーを利用して、労働環境はアップデートされています。


タニタ:暑さを"数値"で管理する

計測機器メーカーのタニタは、暑さ指数管理サービス「Thermoyed(サモエド)」を提供しています。


このサービスは、専用の黒球式暑さ指数計で計測した気温や暑さ指数のデータを、モバイルデータ通信で自動的にサーバーへ送信します。利用者はブラウザを通じて、いつでもどこからでもリアルタイムで複数地点の状況を把握できます(図5)。*11

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図5:Thermoyedの利用イメージ
出所)株式会社タニタ「【サモエド】暑さ指数管理サービスとは」
https://www.tanita.co.jp/business/special/wbgt/column/23875/


屋外で電源がない場所でも使用できるので、建設現場や農場など、場所を選ばず活用できるのが強みです。アラート機能も搭載されており、危険な暑さになった際にはアラームとメールで警告を発するので管理者は迅速な対応が可能となり、熱中症リスクを低減できます。


データを蓄積できるので、将来の対策に役立てることも可能です。*11


ワークマン:"着る方が涼しい"暑熱軽減ウェア

ワークマンの「XShelterシリーズ」は、断熱性のある表地と、気化熱で冷やす裏地のダブル構造で、気温・湿度・風・輻射熱という暑さ指数を構成する4要素すべてに対応。同シリーズには、紫外線で色が変わるUVチェッカー機能も搭載されています。他にも、冷却プレート付きベストも販売しています(図6)。*12

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図6:"着る冷凍庫"こと冷却プレート付きベスト
出所)株式会社ワークマン「世界初※の『暑熱4大リスク』を緩和する酷暑期対策ウェアを初公開! さらに盛夏に向けてUVカット製品20アイテムも初披露 『WORKMAN酷暑対策新製品発表会2025』」
https://www.workman.co.jp/news/世界初※の「暑熱4大リスク」を緩和する酷暑期


近年、ファン付き作業着は一般的になりましたが、実際に着用した経験がある人に話を聞くと「ないよりあったほうがいいけど、入ってくる空気は暖かいので思ったより涼しくないことがある」と言っていました。冷却プレートによって確実に涼しくなるベストは現場作業員の強い味方と言えるでしょう。*12


シャープ:飲める氷

シャープが開発した「アイススラリー冷蔵庫」は、手軽にアイススラリーを作れる製品です(図7)。*13

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図7:アイススラリー冷蔵庫の使い方
出所)シャープ株式会社「アイススラリー冷蔵庫」
https://jp.sharp/business/reizo/


アイススラリーとは、微細な氷の粒と液体が混ざり合ったシャーベット状の飲料のこと。これを飲むことで、体内の熱を効率的に奪い、深部体温を素早く下げることができます。
特に、高温多湿な環境での作業や、身体を激しく動かす活動、熱のこもりやすい服装での作業など、熱中症リスクが高い場面での活躍が期待されます。*13


今治造船:独自素材の作業着

「作業服といえば綿100%」という常識に挑戦し、約30年ぶりに作業服を刷新したのが今治造船です。造船所の過酷な夏の現場でも快適に、そして安全に作業できることを追求し、なんと独自素材まで開発してしまいました(図8)。*14

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図7:新しく生地から開発された作業着」
出所)今治造船株式会社「新作業服導入のお知らせ」
https://www.imazo.co.jp/news/250404/


造船所の現場は、溶接作業時のスパッタ(火の粉)との戦いです。難燃性と通気性を高い次元で両立するオリジナル生地を使用した作業着は、燃えにくいボタンの採用、スパッタが服に付着しにくい縫製方法など細部にわたる配慮がされています。


この新しい作業服は日本産業規格(JIS)も取得し、すでに他の舶用メーカーからも使用したいとの問い合わせが寄せられているというから驚きです。*14


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働く人の命を守ることから

熱中症対策は、もはや努力目標ではなく、企業が真摯に取り組むべき「義務」です。
従業員一人ひとりが、夏の現場でも安心して働ける環境を整えることは、法令順守のためだけでなく、大切な仲間を守り、企業の持続的な成長につながる重要な取り組みと言えるでしょう。


本記事が、皆さまの職場で「うちも本気で取り組もう」と一歩踏み出すきっかけとなれば幸いです。


参照・引用を見る
*1
出所)環境省熱中症予防情報サイト「熱中症の現状と今後について」p.5
https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/sympo/20220707_2.pdf

*2
出所)気象庁「大都市における真夏日日数の長期変化傾向」
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/himr/himr_tmaxGE30.html

*3
出所)日本経済新聞「岐阜で35度、今年初の猛暑日 熱中症に注意必要」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD217KP0R20C25A5000000/

*4
出所)日本経済新聞「日本の夏にミスト冷却は有効か 暑熱対策に新システム」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC294WM0Z20C22A8000000/

*5
出所)厚生労働省「働く人の今すぐ使える熱中症ガイド」p.5
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001098903.pdf

*6
出所)日本経済新聞「熱中症対策、全企業に義務化 早期対応の手順など策定を」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD132B30T10C25A5000000/

*7
出所)厚生労働省富山労働局「職場における熱中症対策の強化について」
https://jsite.mhlw.go.jp/toyama-roudoukyoku/news_topics/oshirase/0706nechushokyoka.html

*8
出所) NHK 「職場の熱中症対策 来月1日から義務づけ どう変わる?」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250518/k10014808981000.html

*9
出所)環境省「熱中症予防情報サイト 暑さ指数とは?」
https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt.php

*10
出所)厚生労働省熊本労働局「働く人の今すぐ使える熱中症ガイド」p.1~p.2
https://jsite.mhlw.go.jp/kumamoto-roudoukyoku/content/contents/002215755.pdf

*11
出所)株式会社タニタ「【サモエド】暑さ指数管理サービスとは」
https://www.tanita.co.jp/business/special/wbgt/column/23875/

*12
出所)株式会社ワークマン「世界初※の『暑熱4大リスク』を緩和する酷暑期対策ウェアを初公開! さらに盛夏に向けてUVカット製品20アイテムも初披露 『WORKMAN酷暑対策新製品発表会2025』」
https://www.workman.co.jp/news/世界初※の「暑熱4大リスク」を緩和する酷暑期

*13
出所)シャープ株式会社「アイススラリー冷蔵庫」
https://jp.sharp/business/reizo/

*14
出所)「今治造船、30年ぶり作業着刷新 「綿100%」の常識破る」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC04CO50U5A300C2000000/

*15
出所)今治造船株式会社「新作業服導入のお知らせ」
https://www.imazo.co.jp/news/250404/

田中ぱん

学生のころから地球環境や温暖化に興味があり、大学では環境科学を学ぶ。現在は、環境や農業に関する記事を中心に執筆。臭気判定士。におい・かおり環境協会会員。