
2025年5月 9日 09:00
なぜ日本の白物家電が負けていくのか、ガラケーは復活したのか? 見えてくる日本の製造業の共通課題
日本メーカーがテレビを作れなくなった理由、ガラケー時代から存在していたという話
メイド・イン・ジャパンの家電。
それはそれは、世界で人気の製品だと思う人もいるでしょうか。
しかし残念ながらそれは遠い過去の話です。
高い技術を持ちながら世界で敗れ続けている日本の家電、というのが現在の姿ですが、いったいなぜそうなってしまったのでしょうか。
そこには、ものづくりをめぐる時代の流れがあります。
きらびやかなカウントダウンイベントを飾るのは・・・
ニューヨーク・タイムズスクエアと言えば昼夜多くの人が行き交い、年明け恒例のカウントダウンイベントは人で溢れ、その様子はメディアで広く伝えられます。
正面に位置する「ワン・タイムズスクエア」に設置された広告スペースをどの企業が飾るのかも、世界的に関心の的になっています。
さて2025年の幕開け。
その瞬間、ワン・タイムズスクエアを彩ったのは韓国の自動車メーカー、KIA(キア)の広告です。*1
新しく発表したEVもお披露目されました。
タイムズスクエアで展示されたKIAの新型EV
(出所:Times Square Ball「2025 Numerals Light Up Times Square!」)
https://youtu.be/UVZoVWlgaOo?si=MyMos7CX3jDAwWma&t=45
日本企業の広告で溢れていたはずの場所
実は、かつてタイムズスクエアの広告は、日本のメーカーが誇らしくその名前を掲げていた場所でした。
中でも東芝は2007年12月からその最上部にロゴを掲げ続けていました。カウントダウンでは10億人が目にするという場所に10年半君臨し続けましたが、2018年に撤去されました。
経営再建に向けた経費削減の一環としてです。*2
そして現在は、韓国の自動車メーカーがタイムズスクエアにその名を誇らしく掲げているのです。
日本の製造業の象徴が続々終焉
東芝がタイムズスクエアの広告をやめたのは、もともとはアメリカでの原発事業の失敗で巨額の損失を出したことがきっかけです。*3
しかし、日本のトップメーカーの衰退は、こうした特定企業の一時的な話ではありません。
例えばテレビ事業に注目すると、東芝は2018年に事業を中国メーカーに売却しています。また三菱電機は2021年に量販店向けの出荷を終了し、事実上撤退しました。*4
シャープは生産・販売を続けていますが、その体制は大きく変化しています。
筆者も含むある程度の世代の人なら懐かしい「世界の亀山」というワード。
「アクオス」の生産拠点として2004年に三重県に稼働したシャープの亀山工場で生産された液晶テレビは「世界の亀山モデル」として一時代を築きました。*5
大画面で高精細。当時としては群を抜いたテレビだと驚いた記憶が筆者にもあります。
ちょっと高いけどすごいなあ、といった感じでしょうか。亀山モデルは、テレビ用液晶画面の技術の粋のようなものでした。
しかし、その亀山工場にも業績悪化の波が押し寄せます。
2009年に生産ラインの一部を売却、そこからはiPhone向けの中型・小型液晶パネルの生産などを続けていましたが、2016年にはシャープそのものが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に買収されました。これには筆者も驚きました。
そして昨年シャープは、堺市の工場でテレビ向け液晶パネルの生産を終了したことを明らかにしています。*6
このほか、パナソニックも今年2月、テレビ事業の撤退あるいは縮小を明らかにしました。*7
なお現在、テレビの世界シェアトップはサムスン、2位はLGです。3位にようやく、ソニーの名前が登場します。*8
今に始まったことではない「世界標準」の変化
「日本の家電メーカーって、そうでもないんだな」
筆者が最初に驚いたのは、もう15年ほど前のことです。
当時、出張などで海外に行く機会が何度かありましたが、ホテルのテレビは当時からほとんどがサムスンかLGで、「今はもうこれが世界の標準なのか〜」と思ったものです。
さらにイギリスで驚いたのは、日本車をほとんど見かけなかったことです。
そうかヨーロッパはアメリカとは事情が違う、ではドイツの車が多いのか?
いえ、特にタクシーなどで目立ったのは韓国・KIA(キア)の車でした。いまタイムズスクエアを彩っている存在です。
またある時には、銀座4丁目でビル屋上広告が変わっていたことに驚きました。銀座4丁目といえば、日本一地価の高い場所です。
それまでは日本の家電メーカーだったものが、中国のハイアールに変わっていたのです。ピンクの大きな看板を眺めながら、時代の変化をひしひしと感じたと同時に、少し寂しい気持ちになったものです。
「世界標準」や「勢力図」が完全に変化したことを肌で強く感じた出来事でもあります。
どうしてこうなった?
さて、経済産業省の10年ほど前の資料に、このようなグラフがあります。家電などの日本企業のシェアを示したものです。
世界市場の伸びと日系企業のシェア
(出所:「エレクトロニクス産業の現状と政策の方向性について」経済産業省)
https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/13022278/www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/kaseguchikara/pdf/010_s03_02_04_01.pdf p9
この時すでに、全体的に日本企業がシェアを減らしつつありました。
通信機器、情報端末といったところでは、世界市場が大きく伸びているにもかかわらず日本企業のシェアは落ち込んでいます。世界の流れに全くついていけていないという、すでにあった課題です。
サムスンやLGなど当時台頭を始めたメーカーの特徴は「手頃でそこそこ使える」という点です。世界のニーズはすでにそちらに動いていたのに、日本のメーカーは高品質高価格であり続けてしまったために凋落したのだと筆者は思っています。
特に「移動電話」「情報端末」で日本は大きな遅れを取っています。
この期間に大きな黒船が襲来したのは皆さんご存知の通りです。2008年のiPhoneの上陸です。
当時報道局に筆者は勤めていましたが、スタジオで紹介するためのサンプルが届き最初に端末を触った時は、みんなで驚いたものです。
「ガラパゴスケータイ」が再び日の目を見ている理由
「ガラケー」というのも、今となっては死語かもしれません。
日本で普及している「ガラパゴス携帯」の略です。語源は地球の中でも独自の生態系を持つ「ガラパゴス諸島」ですが、あまり褒められたネーミングではありません。
携帯電話が折りたたみできるようになったりカメラがついたり、電子マネーを使えるようになったり個性的なデザインが登場したりテレビ放送を受信できるようになったりと、ガラケーにはメーカー各社が競うようにどんどん新機能が搭載されていきました。
しかしそれは、世界からは求められていなかったようです。iPhoneの登場で一蹴されてしまいました。
日本がガラケーで盛り上がる中、まだ世界では「携帯電話なんて通話できればいい」くらいの感覚だったのでしょう。
むしろ、便利になるなら徹底的に便利になった方が良かったのでしょう。それを形にしたのがiPhoneです。
誰のために、どんな社会にするためにものをつくるのか
iPhoneの生みの親、スティーブ・ジョブズについて、こんな話を聞いたことがあります。ジョブズはiPhoneのためにタッチパネルを作ったのではなく、タッチパネルができたからiPhoneを作った、というのです。
そして、田舎のおばあちゃんでもすぐに使える端末を目指したといいます。
「ガラケー」とは発想が逆だと言えます。
ガラケーには分厚い説明書がついていました。独自の技術、今振り返ってみればニッチな機能を各メーカーが自慢したかっただけのように感じます。
それなのに搭載機能を全部使いこなしている人などいなかったことでしょう。あまりに面倒な説明書でした。
今でこそスマホにはいろんなTipsがありますが、しかしiPhone本体には説明書がない、買ってすぐに使える。それがジョブズの思想だったわけです。
さて最近、ビジネスでガラケーを使う人をよく見かけます。シンプルな端末です。
通話に特化して基本料金が安い法人契約が増えているのでしょう。
それでいいんだよ、いや、それがいいんだよ。
現代のものづくりには、「ほどほど」「そこそこ」という考え方も必要になっているのです。
求められていない技術を一方的に自慢するのではなく「どのような社会にしたいか」までを見据えて初めて人の役に立つのです。
*1
読売新聞オンライン「NY・タイムズスクエアで恒例のカウントダウン」
https://www.yomiuri.co.jp/stream/3/24628/
*2
テレ東BIZ「米タイムズスクエア 東芝の看板 撤去始まる」
https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/nms/news/post_155560
*3
日本経済新聞「NYの「TOSHIBA」看板、撤去始まる」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30793210S8A520C1000000/
*4
朝日新聞デジタル「2026年度末までに抜本的対策」パナソニック、テレビ撤退検討」
https://digital.asahi.com/articles/AST242VGNT24PLFA009M.html
*5
東洋経済オンライン「シャープ「世界の亀山」液晶工場が陥った窮状 外国人労働者3000人解雇の裏に「空洞化」」
https://toyokeizai.net/articles/-/255436
*6
日本経済新聞「シャープ、テレビ向け液晶生産終了 国内メーカー不在に」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF215BT0R20C24A8000000/
*7
朝日新聞デジタル「2026年度末までに抜本的対策」パナソニック、テレビ撤退検討」
https://digital.asahi.com/articles/AST242VGNT24PLFA009M.html
*8
東洋経済オンライン「トップ10に日本勢は3社だけ、テレビ王者の勢力図 世界市場で際立つサムスンとLGの存在感」
https://toyokeizai.net/articles/-/575505

清水 沙矢香
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。 取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。