シミュレーションに実物は必要ない? デジタルツインが切り拓く新しいものづくり

「デジタルツイン」とは 都市のコピーで実現可能な事例をわかりやすく解説

人の動き、流通、交通、建築...
都市はさまざまなもので構成されています。


そして何か問題や課題が生じれば、新しい設備を作ったり信号の設定を変えて交通量を調整したり、という形で都市は進化していきます。


しかし新しい設備を作るにしても、事前のシミュレーションは大変なものです。現場でまず各種データを取り、設備をデザインし製造工程を考え...
実際の都市の中でこれらの作業をやろうとすると、データを取るにも人の流れの邪魔にならないようにすれば作業可能な時間が減るなど、困難は多いものです。


では都市のコピーがそこにあったら?
極論、コピーの中でシミュレーションが完結し、あとはつくって設置するだけ。


そんなことを可能にしてくれるのが「デジタルツインコンピューティング」です。

IoT技術が可能にした「双子の都市」

「デジタルツイン」の「ツイン」は、文字通り「双子」のことで、モノやヒトの行動・変化のリアルタイムデータを使って現実空間の双子を仮想空間上に構築・再現します。
こうして作ったデジタル世界と現実世界をリアルタイムデータで連結することで、都市開発やインフラ整備に活用しようというものです。

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デジタルツインの概念
(出所:東京都「デジタルツイン実現プロジェクト」)
https://info.tokyo-digitaltwin.metro.tokyo.lg.jp/

デジタルツインがどう役立つのかを知るために、まず大型事例の紹介から始めましょう。「超大型」と言えるプロジェクトがシンガポールでは利用されています。

仮想の国「バーチャル・シンガポール」

まさに国そのものの「双子」をデジタル空間に再現しようというプロジェクトを進めているのがシンガポールです。

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バーチャル・シンガポール上のマリーナベイ・サンズホテル周辺
(出所:National Research Foundation Singapore「Uses of Virtual Singapore」)
https://www.youtube.com/watch?v=y8cXBSI6o44


シンガポールが構築している「バーチャル・シンガポール」には、現実世界のさまざまなリアルタイムデータが集められており、これを都市開発に活用しようという試みが進んでいます。

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建築物の素材や構造といったデータ、そして上の図は太陽光パネルで現在どのくらいの電力が作られているかといった情報もリアルタイムで把握している様子です。

また、ガス漏れが起きそうな場所は赤で示され、避難のシミュレーションを可能にしています。

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「仮想都市」をリアルタイムデータと連携させることで、例えば「壊れる前に設備を修繕する」、あるいは上の図にあるように、太陽光での発電量を知ることで計画的なエネルギー供給が可能になることでしょう。
ガス漏れ想定地域の特定は防災にも繋がります。


すでにある建築物などのデータに加え、カメラやセンサーなどから得られるリアルタイムデータを使えば、Web上で都市の様子を把握できるというわけです。
シンガポール政府はこのデジタルツインを活用して、都市計画を行っています。*1


たとえばデジタルツイン上に新しい道路を作ることで、本当に交通状況が改善されるかを事前にシミュレーションすることが可能です。
何年もかけて作った道路が結果として交通状況を悪化させてしまった、というような事態を避けることができるのです。

建築現場をリアルタイムコピーで合理化

デジタルツインの技術は、日本では主に建設業で使われ始めています。


IoT基盤のソフト開発を行っている東京のアプトポッドは点検・測量ドローン開発を手掛けるLiberawareと共同で、建設現場に配置したロボットやドローンから送信される映像を3Dデータに変換するサービスを2025年度から始める予定です。*2


3Dデータを用いて現場をデジタルツイン化すれば、コンクリート・土工事の出来形確認や建物内部の設備点検を遠隔化したり自動化したりできます。

従来は作業員が現場で計測した情報を3Dデータ化するまで、数日から1週間かかることも珍しくありませんでした。
そして時間を費やすと、日々刻々と変化する現場と3Dデータの乖離が大きくなるという課題がありました。
しかしロボットやドローンなどのデータをもとにデジタルツインを構築することで、3Dデータ化に必要な時間は数時間程度にまで短縮されるといいます。

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デジタルツインによる建設データの取得
(出所:アプトポッド「アプトポッド、Liberawareと建設施工管理、設備メンテナンス向けのデジタルツインソリューションで協業」)
https://www.aptpod.co.jp/news/news/20241004_liberaware


このようなシステムは、建設にかかる時間短縮だけでなく、ビルが完成してからも各種データが蓄積され、様々な施設が「見える化」されるため、修繕計画を立てやすくなります。


建設の期間短縮だけでなく、建設業界の人手不足解消にも繋がることでしょう。

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「データでつながる」ことの威力

また、各種リアルタイムデータを集めた仮想空間を現実空間にフィードバックできるというデジタルツインの技術は、災害大国といわれる日本では防災・減災に大きな力を発揮してくれるでしょう。

NTTデータはSociety5.0の時代の防災の姿を、下のように掲げています。

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デジタルがもたらす新たな防災・レジリエンスの可能性
出所:NTTデータ「ハイレジリエントな未来を共創する〜D-Resilioが創発する防災・レジリエンスのイノベーション」)
https://www.nttdata.com/jp/ja/-/media/nttdatajapan/files/industries/resilience/nttdata_resilience.pdfp12


人手に頼っていた多くの作業にAIやドローンといったデジタル技術を取り入れ、災害対策をスピーディーかつ最適なものにしていくという将来像です。
またリアルタイムデータの取得は、例えば刻々と変化する現場への支援の最適化を可能にします。大災害の時、避難所に届く救援物資が現場の需要と見合っていない、というニュースもよく目にします。
しかし避難所の備蓄データや近隣世帯の人数、大人と子供の数、などあらかじめ得られるデータとリアルタイムデータを合わせれば、そのような事態を防ぐこともできるでしょう。


避難所のデジタルツインを作る、という考え方です。


上の表にもあるように、現代ではロボットやドローン、AI、5G技術も進化しており、リアルタイムデータを収集しやすくなりました。AIで分析することも可能です。

さらにデータの蓄積は「経験」「ノウハウ」になっていきます。熟練職人の「勘」も、多くの経験というデータに基づいたものだと言うこともできるように、関係者の共有の経験になっていきます。


デジタルツインという考え方、技術がもたらす恩恵は、これからもますます広がっていくことでしょう。


*1
東洋経済オンライン「日本人がほぼ知らない「もう1つのシンガポール」」
https://toyokeizai.net/articles/-/702862

*2
日経クロステック「建設現場の映像を3Dデータに変換、デジタルツインで施工管理」
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00154/02221/

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。 取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。