チェックする人が多いほど、ミスが見逃されるという不思議

現場での「ダブルチェック」「トリプルチェック」はむしろマイナス?
その理由を心理学で紐解いてみよう

ものづくりなどの現場では、「ダブルチェック」を欠かさない職場も多いことでしょう。しかしそれでもミスが生じた場合、どう対処するでしょうか?

「トリプルチェック」という形を取るでしょうか?

しかし、トリプルチェックのようにチェックする人数を増やすことは、ひとりひとりのパフォーマンスを下げてしまうという研究があります。

人間には、「リンゲルマン効果」と呼ばれるものが働いてしまうからです。

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ダブルチェックをしたのに点滴パックを間違えた理由

京都大学病院の医療安全管理部教授である松村由美氏は、医療現場を通じて「ダブルチェック」についてさまざまな考察をしています。


医療の現場では正確性が求められます。しかし時々、看護師による投薬ミスが起きていました。


ある仮想事例として、松村氏はこのようなものを挙げています。
ちょっとした間違い探しのようになりますが、下の出来事を見てください。

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ダブルチェック後の患者誤認事例
(出所:松村由美「ダブルチェックの有効性を再考する」:厚生労働省四国厚生支局資料)

https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/shikoku/kenko_fukushi/000085434.pdf  p14


患者に指名を名乗ってもらう、機械を利用する、といったダブルチェックが行われています。
しかし、赤字の部分がミスにつながっているのです。


まず、看護師のAさんが患者の氏名を確認したのは、点滴パックのラベルではなく注射指示書と照らし合わせていたことです。
次いで、携帯情報端末は、実は「⚪︎」「×」「⚪︎」を示していました。これをAさんは「思い込み」で全て⚪︎だと判断してしまったのです。


後者は忙しさなどからくるうっかりや、慣れた作業のため思い込みもあったと思われますが、特に前者から学ぶべきことがあります。

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投薬ミスの原因のひとつ
(出所:松村由美「ダブルチェックの有効性を再考する」:厚生労働省四国厚生支局資料)

https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/shikoku/kenko_fukushi/000085434.pdf  p16


上の図が示すのは、「ダブルチェックの本来の目的」です。
何と何を照合するのが正しいのかということです。


上にもありますが、投与するのは注射指示書ではなく注射薬です。なので、名乗られた氏名を紙と照らし合わせても意味がないのです。

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チェック人数を増やすと生じる「リンゲルマン効果」

では、病室で点滴のチェックをする人がもうひとりいて「トリプルチェック」になればことは解決されるでしょうか?
といってもそもそもそこにリソースを割くのは難しいことでしょうし、実はミスは意外となくなりません。


下のような現象が起きてしまうからです。

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図1 トリプルチェックの落とし穴
(出所:「ヒューマンエラーの仕組み<基礎編>」農林水産省)

https://www.maff.go.jp/j/syouan/hyoji/kansa/attach/pdf/kansa_kenshu-6.pdf p7


「現場猫」の世界は存在します。
「自分がミスをしていたとしても、他の2人がやっているなら大丈夫」。


このように、関わる人数が増えると人は手抜きをする、といった現象を「リンゲルマン効果」といいます。*1
100年ほど前に農学者リンゲルマンが発見したもので、「社会的手抜き」とも呼ばれます。


リンゲルマンが綱引きにあたっての1人あたりのパフォーマンスを数値化するという実験を行ったところ、一緒に綱引きをする人数が増えれば増えるほど、1人が出す力はどんどん下がっていきました。

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リンゲルマンによる実験
(出所:松村由美「ダブルチェックの有効性を再考する」四国厚生支局資料)

https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/shikoku/kenko_fukushi/000085434.pdf  p35


1人で引っ張っているときはその人は100%の力を発揮していますが、一緒に綱を引く人が2人、3人と増えていくにつれて力の出し加減が減っていき、8人で引っ張る時には1人あたりのパフォーマンスは49%にまで下がってしまったというものです。なんと、半分です。


「チームワーク」は大切なことですが、このように各々にどこかしら「甘え」が生まれてしまうと意味がありません。


他の科学者による実験もあります。*2
心理学者のラタネらは、6人の被験者に、誰と一緒にいるか見えないよう目隠しとヘッドホンをつけ、大声を出すあるいは拍手をしてもらい、その音圧を測りました。
こちらも、被験者の数が増えるにつれて、1人あたりの仕事量は明らかに下がったといいます。


「誰かが声を出してくれているだろう」という考えが働いてしまうのです。

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集団に生まれるその他の心理効果

また、集団で何かをするという場合、他にも集団ならではのバイアスが存在します。*3
いくつかご紹介しましょう。


集団分極化現象

集団で議論をすると、ひとりひとりでは節度を持って意思決定をする人であっても、周りに同調して極端にリスク志向になってしまうことがあるという現象で、マサチューセッツ工科大学のJ.A.ストーナーが発表しました。
インターネットの掲示板への書き込みで、徐々に過激な内容が多くなっていくことがあるのが良い例です。
これでは、個人が持っている本来の考えに色がついてしまいます。


協調ロス

集団でいると、考え事をしているときに他人の発言(時には無関係な発言)を聞かなければならなかったり、意見を述べる時間が十分になかったり、多数派に圧力をかけられたり、ということはないでしょうか。
また言いたいことを言えなかったり、そのような経験は誰にもあることと思いますが、これも「協調ロス」として個人が能力を発揮できなくなる要因です。これも、人数が増えれば増えるほど大きくなります。


動機ロス

リンゲルマン効果のことです。集団のサイズが大きくなるほど、個人が力を発揮しようとする動機が下がってしまいます。


集団浅慮

アメリカの心理学者I.L.ジャニスがいくつかの政治的大失敗を包括的に分析し、集団になると陥ってしまう意思決定様式をまとめた調査によると、集団に対する過大評価、集団の閉鎖生、全会一致への圧力などが挙げられました。

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ミスは手法を見直すためにある

集団での仕事において、特にトラブルが起きた時に、責任の所在がはっきりしないようなことはないでしょうか。これではひとりひとりの責任感つまりモチベーションは下がってしまいます。意識が「ゆるく」なってしまうのです。


まずは集団とはいえ、個人の役割を明確にすることが大切でしょう。そしてミスが生じたとき「なぜそうなったか」にフォーカスしましょう。この時、個人の能力であると片付けてしまってはいけません。
ルールに欠陥があったという可能性があるからです。
ミスというのはむしろ「ルールを変えるチャンス」と捉えましょう。


また、「あいまい」にしないことです。


下の図を見てください。

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倉庫の積荷の倒壊事故を想定した事案
(出所:「ヒューマンエラーの仕組み<基礎編>」農林水産省)

https://www.maff.go.jp/j/syouan/hyoji/kansa/attach/pdf/kansa_kenshu-6.pdf p4


上司からの指示書と、実際に作業にあたったBさんの日誌です。
この2つの書面の内容が全く噛み合っていないことがわかるでしょうか。


Bさんの日誌では「指示のあった商品」を積み替えた、とだけ報告されていますが、「指示のあった商品」とはどれのことでしょうか。
また、商品Aの話はどこに行ってしまったのでしょうか。遂行されたのでしょうか、されていないのでしょうか。
この書面を見るだけでは、Bさんが現場で何をしたのかがさっぱりわからないのです。


そして、このような結果になりました。

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指示書と報告が噛み合わなかった結果
(出所:「ヒューマンエラーの仕組み<基礎編>」農林水産省)

https://www.maff.go.jp/j/syouan/hyoji/kansa/attach/pdf/kansa_kenshu-6.pdf p5


結果、Cさんを配置することになります。
しかし元をたどれば、指示書をチェックリストのような形にしておけば、Cさんを配置するまでには至らなかった可能性があります。こうして無駄に人員が割かれていくのです。


人のミス、ヒューマンエラーを100%防ぐことは不可能でしょう。
しかし、誰かを責めても何も始まりません。過程を見直すチャンスと捉えましょう。


資料一覧

*1
「みんなで仕事するから力が半減 手抜きを防ぐ特効薬は 第10回 リンゲルマン効果」日本経済新聞

https://www.nikkei.com/article/DGXZZO39174510Q8A221C1000000/

*2
池上貴美子、小城幸子「社会的手抜きに及ぼす課題への動機づけの影響」

https://core.ac.uk/download/pdf/196703512.pdf p55

*3
「人材開発白書2015 ミドルの決断力」富士ゼロックス総合教育研究所

https://rc.persol-group.co.jp/assets/docs/thinktank/research/wp/fxli_wp2015_HP.pdf p10

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。 取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。