
2024年12月27日 09:00
"寝る"は最高のアイデア生成法?-睡眠中にひらめきが生まれる仕組みとは-
「今日はここまで仕事を進めたいのに、いいアイデアが思いつかない」
「どうしてもこの問題が解けない」
「収支が合わないけれど、どこが間違っているかわからない」
など、みなさんも仕事や勉強で、どうしても進まない壁にぶつかったことはないでしょうか。
筆者はこのようなとき、「とりあえず寝てみる」という選択肢をとります。
そうすると不思議と、いいアイデアが浮かんだり、間違っていた部分に気がついたりできるのです。
今回は、そんな「寝ることで生まれるひらめき」の仕組みと効果について解説していきます。
睡眠とひらめきの関係
冒頭で紹介したように「寝てみると何度考えても解決できなかった問題の解決策が思いつく」という現象は多くの方が経験しているのではないでしょうか。
この現象には脳が深く関係しています。
レム睡眠とノンレム睡眠という2種類の睡眠がある、という話を聞いたことがある方は多いでしょう。
私達が眠っているときは、このレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返しています(図1)。*1,*2
図1:睡眠サイクル
出所)アリナミン製薬株式会社「睡眠のメカニズム 」
https://alinamin-kenko.jp/tokushu/sleep_mechanism/
一般的に、レム睡眠は、浅い睡眠だと思われています。実際、筆者もそう思っていました。
しかし、筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 機構長である睡眠学者の柳沢正史氏によると、レム睡眠は、少々の刺激があっても起きないぐらい「深い睡眠」なのだそうです。
脳の活動量でみると、一番深い眠りであるノンレム睡眠は実際には覚醒時とほとんど同じです。浅い睡眠と思われていたレム睡眠中は、脳の活動が覚醒時よりもさらに活発になると柳沢氏は解説しています。
同氏はこの現象について「『脳』というコンピューターは、決してスイッチがオフになっているわけではなくて、 オンのままで外界から切り離されていて、オフラインの面で作業をやっている。」と表現しています。
このメンテナンス作業中に、エピソード記憶(人が過去に経験した出来事やその際の状況、感情などを特定の時間や場所に関連付けて記憶する形式)が整理されるのです。
さらに驚くべきことに、柳沢氏は洞察力も睡眠中に向上すると紹介しています。
洞察力が向上するタイミングが、睡眠「中」であって睡眠「後」ではないということが個人的には非常に興味深い点です。ひらめきは睡眠中に既に生まれており、目覚めた時にそれを「発見する」という状態なのでしょうか。
他にも、自転車に乗る・ピアノを弾くといった技能記憶も眠っている間に技術が向上するという報告があります。
柳沢氏が紹介した事例は、ある技能を繰り返し、そのパフォーマンスを2日間にわたり計測するというものでした。
その実験では、1日目の開始直後は回数に比例して成績が向上しましたが、ある程度回数を重ねると成績が頭打ちになります。
しかし、一晩睡眠を挟むと2日目の1回目には成績が前日よりもさらに向上しました。*1
この結果を見ても、睡眠がいかにプラスに働くかが分かります。
解明されつつある睡眠の秘密
先ほど紹介したように、睡眠を挟むことで記憶が整理されたり、パフォーマンスが上がったりする現象は確認されています。一方で、睡眠中に脳が具体的にどのように働いているのかは、謎が多い部分でした。
しかし、2024年6月に睡眠中の脳に関する興味深い研究結果が発表されました。
富山大学の井ノ口馨教授らの研究チームは、マウスを対象とした実験で、睡眠中に脳がどのように情報を処理し、学習や推論を行っているのか、その仕組みを初めて発見しました。
この研究では、マウスに「AはBより良い」「BはCより良い」など、段階的な関係を学習させ、その後、直接教えていない「BはDより良い」という新しい関係を推測できるかどうかを調べています。
結果は、睡眠を十分にとったマウスは「B > D」の関係を正確に推測できましたが、睡眠を妨げた場合はできませんでした(図2)。*3
図2:技能記憶における睡眠の効果
出所)富山大学「眠りの秘密 睡眠中の脳が推移的推論の演算を行う仕組みを発見 -レム睡眠中における神経活動の活性化により推論成績が向上-」p.1
https://www.u-toyama.ac.jp/wp/wp-content/uploads/20240624-2.pdf
研究では、レム睡眠とノンレム睡眠の役割を以下のように説明しています。
ノンレム睡眠:記憶を整理し、バラバラだった情報をつなぎ合わせて全体の構造を作る。
レム睡眠:整理された記憶を使って、新しい発見や推論を行う。
つまり、脳はこの2つの睡眠段階を使い分けて、私たちが気づかなかった情報同士の関係を見つけ出しているのです。*3
起きている間には気づけなかった細かい共通点を睡眠中に脳が発見しているのであれば、私たちが眠りから覚めたときにいいアイデアが浮かぶことにも納得できます。
筆者は仕事や勉強で壁にぶつかっている中で眠ってしまうと、やや後ろめたさを感じていました。
しかし、睡眠が単なる休息ではなく、創造性を高めるための重要なプロセスだと思えば、罪悪感も軽減されます。
「ものづくり」における"寝る"の価値
ものづくりにおいて、重要視される項目の一つが生産性です。
図3はG7諸国の15歳以上の平均睡眠時間を示しています。*4
図3: G7間の睡眠時間比較
出所)2020年度WEST論文研究発表会「睡眠の経済分析~労働生産性の向上を目指して~」p.7
https://www.west-univ.com/library/2020/02_3_2020west.pdf
G7諸国と比較すると、約1時間日本人の睡眠時間が短いことがわかります。
一方、図4はG7の1人あたりの労働生産性を示しています。1970 年から2018年まで、日本はずっと最下位です。*4
図4:1人当たりの労働生産性 G7比較
出所)2020年度WEST論文研究発表会「睡眠の経済分析~労働生産性の向上を目指して~」大阪経済大学 岡島成治・森本敦志研究会 p.12
https://www.west-univ.com/library/2020/02_3_2020west.pdf
これらの図を見るとわかる通り、日本は睡眠時間が短く、1人あたりの労働生産性も低い結果になっています。もちろん、この図だけで睡眠と生産性の因果関係がわかるわけではありません。
しかし、近年の研究では7~8 時間の睡眠時間の者と6時間未満の睡眠時間の者では、後者のほうが仕事の生産性が低下することが示されています。
睡眠不足と経済的損失のシミュレーションした結果によると、日本の睡眠不足による経済的損失額は約15.5 兆円。GDP換算するとアメリカよりも損失割合が大きいそうです。*5
参考までに、2024年度の一般会計の総額は112兆5717億円。15.5兆円という金額は、一般会計の約14%にのぼります。防衛関係費(7兆9172億円)と公共事業費(6兆828億)の合計(14兆)よりも多い損失が出ていると思うと、そのインパクトは大きいのではないでしょうか。*6
最近は、長時間労働が問題となり社会全体で働き方改革が叫ばれています。 完全に長時間労働がなくなったわけではありませんが、常にフル稼働で働くことは避けられる傾向にあります。
平成元年の1989年の新語・流行語大賞では「24時間タタカエマスカ」というフレーズがランクインしていました。*7
いまや、科学的にもその考え方は古いのかもしれません。
まずは「寝る」
柳沢氏によると「昼間に眠いのは異常」な状態だそうです。*1
おそらく日本人の多くが、昼間に眠気を感じているのではないでしょうか。
みなさんも行き詰まったとき、焦って無理に考え続けるのではなく、あえて「寝る」という選択をしてみませんか?
もしかしたら、寝ている間に天才的なアイデアが降ってくるかもしれません。寝て、元気に、そして賢く働きましょう。
もちろん、寝ることを重要視しすぎて本来やるべきことが後回しになったり、締め切りに間に合わなくなったりしてしまうのは本末転倒です。 睡眠はアイデアを生み出すための強力なツールですが、万能薬ではありません。 しっかり計画を立て、睡眠時間を確保しつつ、日々のタスクを着実にこなしていくことが大切です。
参照・引用を見る
*1
出所)NHK「NHK アカデミア 第17回 睡眠学者 柳沢正史」p.6~p.10
https://www.nhk.or.jp/learning/assets/pdf/D0024300117_00000.pdf
*2
出所)アリナミン製薬株式会社「睡眠のメカニズム 」
https://alinamin-kenko.jp/tokushu/sleep_mechanism/
*3
出所)富山大学「眠りの秘密 睡眠中の脳が推移的推論の演算を行う仕組みを発見 -レム睡眠中における神経活動の活性化により推論成績が向上-」p.1~p.5
https://www.u-toyama.ac.jp/wp/wp-content/uploads/20240624-2.pdf
*4
出所)2020年度WEST論文研究発表会「睡眠の経済分析~労働生産性の向上を目指して~NHK アカデミア 第17回 睡眠学者 柳沢正史」p.10~p.12
https://www.west-univ.com/library/2020/02_3_2020west.pdf
*5
出所)産業精神保健「睡眠と精神的健康・労働生産性の関係 ―疫学と認知行動的介入の研究動向―」高野裕太、岡島義 p.239
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjomh/32/2/32_238/_pdf
*6
出所)NHK「令和6年度予算」
https://www3.nhk.or.jp/news/special/yosan2024/revenue/
*7
出所)NHK「新語・流行語大賞からみる『平成』」
https://www3.nhk.or.jp/news/special/heisei/feature-articles/feature-articles_02.html
田中ぱん
学生のころから地球環境や温暖化に興味があり、大学では環境科学を学ぶ。現在は、環境や農業に関する記事を中心に執筆。臭気判定士。におい・かおり環境協会会員。