休息こそ「生産的」ってどういうこと?
AI時代のものづくりの現場に欠かせない「タイムオフ」とは?

「タイムオフ」をご存じでしょうか。
2020年にアメリカで出版され、ヒットした本の中で提唱された概念です。
その本は、2023年に日本でも出版されました。
「忙しく働く」ことが無意味であると指摘し、「真の生産性」と「創造性」を目覚めさせるための休息の重要性とその方法を紹介した書籍です。


著者がタイムオフの探求に向かう気づきを得た場所は、実は日本です。しかも、この本は「日本のために書かれた」というのです。*1


それはなぜでしょうか。
その経緯を辿り、タイムオフの意義について考えます。

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※画像:新刊ビジネス書の要約『TOPPOINT(トップポイント)』より

https://www.toppoint.jp/library/20230606

なぜ日本なのか?

『TIME OFF 働き方に"生産性"と"創造性"を取り戻す戦略的休息術』(以下、『TIME OFF』)の著者の1人であるマックス・フレンゼルさんは、かつて仕事人間でありワーカホリックでした。

そのフレンゼルさんが、他ならぬ日本でタイムオフに目を向けるようになったのはなぜでしょうか。

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燃え尽きた!

フレンゼルさんは2015年から日本で働いています。そのなかで、日本社会にはタイムオフが絶対に必要だということを身をもって学んだと述べています。*1


同氏は、来日当初、東京大学で研究に励みます。その後、正社員や契約社員、コンサルタントとして、さまざまな企業に関わり、多様なクライアントとのプロジェクトに携わりました。そのどの職場でも、みんな忙しく、長時間働いていました。


ところが、日本の1時間あたりの労働生産性は、この50年というもの、G7の中で最下位なのです(図1)。*2
ちなみに、OECD(経済協力開発機構)加盟諸国38か国中でも30位(2022年)。

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図1 G7の時間当たり労働生産性の順位
出所)公益財団法人 日本生産性本部「労働生産性の国際比較2023 概要」(2023年12月22日)p.3

https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/summary2023.pdf


疲れ果てると、創造性も生産性も落ちる。それで焦って、余計に長時間働く。そんな悪循環に陥っているのではないか......。*1


彼は日本の友だちや同僚にこの話をしてみました。
しかし、多くの人が効率性(1時間でやれるだけの仕事をすること)と、生産性(価値ある結果を産み出す適切な仕事をすること)の違いさえ考えたことがないことがわかりました。


フレンゼルさんはこう述べています。

身も蓋もないことを言うようだが、企業も個人もすごく熱心に働いているのに、こんなに達成できていない場所は日本以外にない。仕事内容がそもそも必要なのかを立ち止まって考える時間さえ取らず、ただ働き続けているからだ。


彼自身、日本で初めて就職したとき、燃え尽きてしまったといいます。
終わりのない忙しさと不必要な仕事の連続。それが原因でした。


それで、あるとき、有給休暇を10日間とり、東北の旅に向かいます。滞在したのは、蔵王温泉の小さな古宿。


そこで、こんなにやる気も出ず、なにかを作ろうというワクワクした感じがもてないのは、生まれて初めてだと気づきます。
しかも気が散って、集中することも難しい......。
東京での仕事は万事うまくいっていたし、東京も仕事も好きだと思っていたのに、です。


山形の山々をみつめながら、お茶をすすっていた、そのときのこと。
突然、閃きました。
忙しくしていることが、仕事を詰め込むこと自体が、邪魔をしているのだと。


フレンゼルさんがタイムオフについて学ぼうと決めた瞬間でした。

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「過労死」の産みの親

日本は「過労死」という言葉の産みの親です。


なんの成果も産まないのに、「ただ忙しく見せる」ために忙しく働いているのは、日本だけに見られる現象ではありません。しかし、日本の忙しさはフレンゼルさんの知る他のどの場所より凄まじいのは確かです。*1


厚生労働省が2023年に行った調査によると、「現在の仕事や職業生活に関することで、強い不安、悩み、ストレスとなっていると感じる事柄がある」と回答した労働者の割合は82.7%に上ります。*3


その主な内容は、「仕事の失敗、責任の発生等」が39.7%でもっとも割合が高く、次いで「仕事の量」が39.4%となっています。


また、業務における過重な負荷により脳血管疾患または虚血性心疾患などを発症したとする労災請求件数は、2022年度は803件で、前年度より50件の増加となっています。そのうち労災支給決定(認定)件数は、前年度より22件増加して194件、うち54件がいわゆる「過労死」です。*4


フレンゼルさんはこう指摘します。*1

日本の人はやさしくて、責任感と義務感が強い。そのせいで輪を乱したくないと念じるあまり、重い荷物を背負い続けている。タイムオフが喉から手が出るほど欲しいのに、実質的には絶対に手に入らないと信じているのだ。

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「タイムオフ」とは

では、タイムオフとはどのような概念なのでしょうか。


重圧や期待から心と身体を解き放つための時間

「これは、燃え尽き症候群や過労を遠ざける習慣についての本」だと、『TIME OFF』に書かれています。*1
ただし、怠けるための本でも、さぼるコツを伝授するための本でもない、とも。


休むことは仕事とは真逆のことだと考えられがちですが、そうではないのです。
人が素晴らしい経験をするためには、重圧や期待から心と体を解き放つための、休息、内省、回復のための時間が必要であり、それがタイムオフです。


タイムオフによって、私たちはより豊かに、幸せに、満ち足りた人生を送ることができる。クリエイティブになれる。その方法を伝えたいのだと著者は述べています。


科学的な裏付け

休息しているとき、脳は活動しないと、長い間、考えられてきました。*1
休むことは働くことの逆だと考えている人も多いかもしれません。


しかし、研究者が脳画像解析技術を使って脳活動を観察したところ、予想外のことがわかりました。休息しているときには、脳が活動しなくなるのではなく、活発になる部位が変化するというのです。


休んでいるときに活発になる脳の部位は「デフォルトモードネットワーク」と呼ばれます。
神経科学者の研究によって、デフォルトモードネットワークの活動は、知能、共感、感情的判断、メンタルヘルスなどと強く結びついていることがわかりました。


休息しているとき、脳は記憶をまとめ、解決方法を探っています。デフォルトモードネットワークが活発になると、直感が冴え、創造力や問題解決のスキルがさまざまなところと結びつきます。


しかもデフォルトモードネットワーク内でアイディアの価値判断を司る左側頭部は、休息時に
は活発には働かず、アイディアを抑制し、意識がはっきりするまで温めているというのです。
こうして閃きの瞬間が準備されます。


したがって、イノベーションやクリエイティビリティを必要とする仕事には、閃きの瞬間を用意するために、リラックスする時間が欠かせません。それは、積極的に働く時間と同じくらい大切にしなければならないものです。

たとえば、よく散歩中にアイディアが閃いたという話をききますが、それはデフォルトモードネットワークの作用です。
そういえば、筆者の場合、ゆったりと浴槽につかっているとき、急にアイディアが湧いてくる瞬間がときどきあるのですが、それもデフォルトモードネットワークのおかげかもしれません。


また、休息をたっぷりとって仕事に取り組まない時間を積極的にもつことは、創造性や幸福感を高めるだけでなく、仕事に取り組む時間の効率アップにもつながります。


あるウェブ開発企業は、平日の労働時間を短くして、週の休日を2日から3日に増やしました。
すると、5日間と4日間の仕事量はさほど変わらないことがわかりました。
3連休で社員はしっかりリフレッシュでき、休日明けの平日は仕事の効率が上がるというわけです。


AI時代の要請

これまで人間が膨大な時間や労力をかけて行ってきた作業の多くが、機械やAIによって、素早
く、正確に完了できるようになりました。「タスク処理」という意味での仕事は、価値を失い始めています。*5
どんなに長い時間働こうと、どれだけ一生懸命になろうと、タスク処理において人間がAIに勝つことは極めて難しいという状況があります。


そこで、これから重要になってくるのが、人間にしかできない「クリエイティビティ」と「エンパシー(共感)」を発揮した仕事です。
そういう人間ならではの力を発揮するためには、休息、遊び、内省、回復のための時間、タイムオフが求められているのです。

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「タイムオフ」のヒント

『TIME OFF』には、世界の「賢人」と呼ばれる35人(発明家、数学者、革命家、ノーベル賞受賞者、思想家、億万長者、アーティストなど)のエピソードとともに、彼らの成功の秘訣である「休息術」がまとめられています。*5

同書が提案する秘訣は、休息する、睡眠をとる、運動する、ひとりになる、内省する、遊ぶ、旅をする、テクノロジーとのつながりを断つなど、多岐にわたります。
その中から、誰でもすぐに取り組めることを2つ、ご紹介します。


「タイムオフ」をちりばめる

作家のヘルマン・ヘッセはこんな言葉を残しています。*1


「小さな花を摘み、仕事中に眺めたいからと仕事場に持っていくその人は、人生の喜びに1歩近づいた」
「毎日、小さな喜びをできるだけ多くみつけ、エネルギーを要する大きな喜びは、ホリディやしかるべきときが来るまで大事にとっておくのだ。毎日胸をなでおろしたり、休んだりするのに必要なのは、遊びに満ちた小さな喜びなのだから」


ヘッセが提案しているのは、「ちりばめられたタイムオフ」です。
タイムオフのためには、必ずしも長い休暇が必要なわけではありません。
重要なのは、時間の使い方です。
それは、小さな喜びで満たされる瞬間に注意を払うことでもあるのです。


コントロールできることだけに集中する

『TIME OFF』は、内省の大切さも説いています。*1


困難に直面したときには、特に内省が重要です。
困難からは多くの教訓を得ることができます。自分を苦しめているものを裏返し、ネガティブなことをポジティブに変えてみようと著者はいいます。


内省の際に大切なのは、コントロールできるものとできないものをリストアップすることです。その際、コントロールできないリストは、書き出したらすぐに忘れてしまうこと。そして、コントロールできるリストに集中し、エネルギーを注ぎます。


大切にしたいことと、大切にする方法を知るために、次のような問いを自分に向け、立ち止まって内省することを著者はすすめています。
その答えは、自分の不運をどう捉えるかにあるというのです。


●すべてのものを失ったとき、それでも感謝したいと思えるものがありますか。
●なにもない状態から、あなたはどうやり直しますか。
●どのようなチャンスだと捉え直すことができますか。

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おわりに

タイムオフは、単なる休憩ではなく、自分を見つめ直し、新たな一歩を踏み出すための充電時間。心身の健康を保ち、生産性を高めるために不可欠なものです。


1人ひとりが自分の時間の使い方を見直し、質の高いタイムオフを確保することができれば、それは個人に留まらず、組織の成長をも促し、さらによりよい社会の実現にもつながっていくでしょう。
そのためには組織の理解とサポートが必要なのは、いうまでもありません。



資料一覧
*1
出所)ジョン・フィッチ マックス・フレンゼル 著 ローリングホフ育未 訳『TIME OFF 働き方に"生産性"と"創造性"を取り戻す戦略的休息術』(2023)株式会社クロスメディア・パブリッシング発行 株式会社インプレス発売 p.2,4,7,22-23,26,127-129,253,255,301,305,445

*2
出所)公益財団法人 日本生産性本部「労働生産性の国際比較2023 概要」(2023年12月22日)p.3

https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/summary2023.pdf

*3
出所)厚生労働省「令和5年「労働安全衛生調査(実態調査)」の概要」(2024年6月25日)p.15

https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r05-46-50_gaikyo.pdf

*4
出所)「令和2年度 我が国における過労死等の概要及び政府が過労死等の防止のために講じた施策の状況(案)」p.44

https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001156170.pdf

*5
出所)クロスメディアグループ株式会社 PR TIMES「【米国Amazonベストセラー日本上陸】新刊『TIME OFF 働き方に"生産性"と"創造性"を取り戻す戦略的休息術』本日発売! AI時代の人類に必要な"人間的な力"を高めるためのビジネス書」

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000308.000080658.html

横内美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。 高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育 成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。 パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。 X:https://x.com/mibogon Facebook:https://www.facebook.com/mihoko.yokouchi1