
2024年12月13日 09:00
日本のものづくりは宇宙に羽ばたく?宇宙ビジネスにおける日本の製造業の強みとは
近年、ものづくりのフィールドは宇宙にも広がっています。
長い間、国家主導で進められてたロケットの打ち上げや人工衛星の開発なども、近頃では民間企業にシフトしようとする動きが活発化しています。
大企業だけでなく、スタートアップ企業も参入し始めており、宇宙産業は今後更なる成長が見込まれている分野です。
経済産業省のものづくり白書2024においても、ものづくり基盤技術の開発支援として、さまざまな宇宙産業が選出されています。
宇宙開発に日本の製造業がもつ高いポテンシャルが活かされることで、世界の宇宙産業をリードできると期待されています。
この記事では、国内の宇宙産業の動向や今後の展望、宇宙ビジネスにおける日本の製造業の強みについて解説します。
宇宙ビジネスは「官」から「民」へ!
宇宙開発の中心は官から民へと移行しつつあり、民間企業によるロケット打ち上げのニュースを目にすることも増えています。
ロケット打ち上げだけでなく、商用衛星や月面探査機、宇宙ステーションなどにも民間企業が参入しています。(図1)*1
図1:近年の宇宙開発のトレンド:官から民へ
出所)経済産業省「国内外の宇宙産業の動向を踏まえた経済産業省の取組と今後について」p.2
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/space_industry/pdf/001_05_00.pdf
現在の世界の宇宙産業の規模は約54兆円、そのうち全体の約4分の1が政府予算で、残りの約4分の3が民間衛星や打ち上げ関連です。
モルガン・スタンレーは世界の宇宙産業の市場規模が2040年までに140兆円規模に成長すると予測しており、20年間で約3倍に成長する見込みです。*1
世界中で宇宙ビジネスが活発化している背景として、多くの国が宇宙関連予算を増加させていることと、民間企業が政府資金だけに頼らず、民間資金によって技術革新と商業化を推し進めていることの2つが考えられています。
欧米では、政府が民間主導のプロジェクトをさまざまな形で支援することで、宇宙産業への民間投資を呼び込み、成長を促しています。
中国やインドなどを含むアジアも同様に、政府の手厚い支援によって、スタートアップ企業を含めた民間企業が目覚ましい成長を遂げています。
このような世界の動きのなかで、日本の宇宙産業が国際競争力を高めていくためには、先端・基盤技術への投資や商業化などの取り組みを進めていかなければなりません。*2
宇宙産業のさらなる発展を目指して、政府が策定した宇宙基本計画では、「2020年に4.0兆円となっている市場規模を、2030年代の早期に2倍の8.0兆円に拡大していくことを目標とする」という政府目標を掲げています。(図2)*3
図2:宇宙基本計画における政府目標
出所)経済産業省「宇宙産業」
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/space_industry/index.html
宇宙開発を支えるのは製造業の高い技術力
ロケットや人工衛星、探査機などは、宇宙空間という厳しい環境に耐えるため、部品一つに至るまで非常に高い品質が求められます。
そのため、日本の宇宙開発は、高度なものづくり技術を有する国内企業の製造技術によって支えられています。
たとえば、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟には、リチウムイオン電池や位置計測技術、カプセル用パラシュートなどのさまざまな技術が採用されており、国内企業約650社が関わっています。(図3)*4
図3:国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟の開発に関わる企業
出所)JAXA「ロケットや人工衛星、探査機の製造を担っている日本の企業を教えてください」
https://fanfun.jaxa.jp/faq/detail/329.html
宇宙開発における日本の強みは50年にわたる航空宇宙技術の蓄積と、ものづくり大国ならではの匠の技術を有する中小企業の存在で、政府も積極的に宇宙政策に取り組んでいます。(図4)*1
図4:日本の宇宙産業エコシステム
出所)経済産業省「国内外の宇宙産業の動向を踏まえた経済産業省の取組と今後について」p.5
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/space_industry/pdf/001_05_00.pdf
政府は、宇宙産業における国際競争力の保持と自立性強化を目的に、ものづくり基盤技術の開発支援として、宇宙産業技術情報基盤整備研究開発事業(SERVISプロジェクト)に取り組んでいます。
このプロジェクトでは、民生分野における優れた技術を活用した高性能かつ低コストな宇宙部品・コンポーネント、民間ロケットの実用化を目指し、さまざまな実証をおこなっています。*5
たとえば2022年度では、宇宙機器の部品開発参入へのハードルを下げることを目的とした、宇宙向けの専門的な各種試験の環境整備や、宇宙空間での軌道上実証支援などを実施しています。*6
そのほかにも、宇宙戦略基金をJAXAに設置し、民間企業やスタートアップ企業、大学などによる、宇宙分野の先端技術開発や技術実証、商業化を支援しています。
この基金では、宇宙産業を「輸送」「衛星」「探査」の3分野に分類し、10年間で総額1兆円規模の支援を目指しています。*7
世界の宇宙開発をリードする日本の独自技術
次に、世界の宇宙開発をリードする日本の独自技術や取り組みについて紹介します。
欧米に先行する商業デブリ除去実証
スペースデブリとは、役目を終えたロケットや人工衛星、あるいはこれらから分離した破片などの物体など、地球周回軌道上に存在する使用されていない人工物のことです。*8
宇宙産業の活発化によってスペースデブリは年々増加し、デブリ除去は喫緊の課題であると考えられています。
JAXAによる商業デブリ除去実証は「デブリ除去を起点に新規宇宙事業を拓き、民間事業者が新たな市場を獲得する」ことを目的としており、大型のロケットデブリを対象とした世界初の低コストデブリ除去サービスの技術実証を目指しています。*9
この実証のパートナー企業に選定されたアストロスケールは、2024年2月に商業デブリ除去
実証衛星「ADRAS-J」を打ち上げ、世界初となるスペースデブリへの接近を開始したと発表しています。*10
第一フェーズとしてデブリの状況を調査し、2026年以降の第二フェーズでは、ロケットの一部などの大型デブリ除去を目指す予定です。(図5)*11
図5:商業デブリ除去実証のプログラム構成
出所)JAXA「商業デブリ除去実証の概要」
https://www.kenkai.jaxa.jp/crd2/project/
宇宙ステーション補給機「こうのとり」
宇宙ステーション補給機「こうのとり」は、国際宇宙ステーション(ISS)へ物資を運ぶために日本が開発した無人の輸送機です。
2009年の初号機から2020年の9号機までのすべての補給ミッションを完遂し、現在は運用を終了しています。
約6トンという世界最大の補給能力を誇る「こうのとり」は、ISSのバッテリー輸送という重要なミッションを成功させています。
輸送するバッテリーには日本のリチウムイオン電池技術が採用され、日本の電池技術の高さを世界に示すこともできました。*12
さらに、ISSへの接近・結合の新しい方式として、日本独自の「キャプチャ・バーシング方式」を採用しています。
これは、ISSと速度を合わせて並走し、10mまでの距離に近づいたのちに、宇宙飛行士がロボットアームでキャプチャして接合させるという方式です。(図6)*12
図6:NASAの宇宙飛行士がバッテリー交換している様子
出所)「こうのとり」(HTV)のこれまでの歩み
https://humans-in-space.jaxa.jp/htv/kounotori/
日本の技術力を結集して確立したこの「キャプチャ・バーシング方式」は、ISSへの接近方法のスタンダードとして、米国の民間輸送宇宙船でも採用されています。
変形型月面ロボット「SORA-Q」 JAXA / タカラトミー / ソニーグループ / 同志社大学
月面探査機に搭載された変形型月面ロボット
日本初、世界で5番目の月面着陸に成功した小型月着陸実証機「SLIM(スリム)」には、月面探査をおこなう小型ロボットが搭載されました。
JAXA、タカラトミー、ソニー、同志社大学が共同開発した変形型月面ロボット「SORA-Q(ソラキュー)」は、これまでも多くの変形ロボット玩具を販売してきたタカラトミーの玩具技術が宇宙開発に生かされています。*13, *14
月面着陸後の「SLIM」とその周辺の撮影に成功した「SORA-Q」は、世界初の完全自律による月面探査を果たしたロボットです。
さらに、おもちゃメーカーならではの小型・軽量化の技術によって、世界最小・最軽量の月面探査ロボットとなりました。(図7)*13, *14
図7:「SORA-Q」が撮影・送信した月面画像
出所)JAXA「変形型月面ロボットによる小型月着陸実証機(SLIM)の撮影およびデータ送信に成功」
https://www.jaxa.jp/press/2024/01/20240125-4_j.html
「SORA-Q」は手のひらサイズのロボットで、おもちゃとしても一般に販売されています。
おもちゃを通じて、世界中のこどもたちが宇宙を身近に感じ、自然科学に興味をもつきっかけとなることが期待されています。*13
おわりに
世界各国の宇宙ビジネスの動向からも予測できるように、日本の宇宙産業は今後ますます民間企業への移行が進むと考えられます。
国際競争力の獲得や市場拡大に向けて、政府もさまざまな支援をおこなっており、宇宙関連のスタートアップ企業も増えつつあります。
近年では、国内のものづくり企業の優れた技術が日本の宇宙開発の強みとなり、世界をリードするさまざまなプロジェクトを成功させています。
今後も、自動車メーカーや電機メーカー、部品メーカーなど、独自の技術や発想をもつ企業が続々と宇宙ビジネスに参画すれば、日本の宇宙産業を躍進させることができるでしょう。
宇宙ビジネスが盛り上がりを見せる今、高い技術力を持つ日本の製造業の底力が見直される時が来ているのかもしれません。
参考文献
*1
出所)経済産業省「国内外の宇宙産業の動向を踏まえた経済産業省の取組と今後について」p.2, p.3, p.4, p.5
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/space_industry/pdf/001_05_00.pdf
*2
出所)内閣府「宇宙基本計画」p.5
https://www8.cao.go.jp/space/plan/plan2/kaitei_fy05/honbun_fy05.pdf
*3
出所)経済産業省「宇宙産業」
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/space_industry/index.html
*4
出所)JAXA「ロケットや人工衛星、探査機の製造を担っている日本の企業を教えてください」
https://fanfun.jaxa.jp/faq/detail/329.html
*5
出所)経済産業省「ものづくり白書2024」p.247
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2024/pdf/all.pdf
*6
出所)経済産業省「宇宙産業技術情報基盤整備研究開発事業(SERVISプロジェクト)」
https://www.meti.go.jp/main/yosangaisan/fy2022/pr/ip/sangi_12.pdf
*7
出所)内閣府「宇宙戦略基金について」p.1, p.2
https://www8.cao.go.jp/space/comittee/dai108/siryou3.pdf
*8
出所)JAXA「REMOVAL of SPACE DEBRIS スペースデブリの除去」
https://www.kenkai.jaxa.jp/crd2/about/
*9
出所)文部科学省「商業デブリ除去実証(CRD2) フェーズI について」p.3, p.4
https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/20211213-mxt_uchukai01-000019388_1.pdf
*10
出所)JETRO「日系宇宙開発企業アストロスケールの衛星、宇宙ごみへ世界初の接近開始」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/03/e32238dd13ab28dc.html
*11
出所)JAXA「商業デブリ除去実証の概要」
https://www.kenkai.jaxa.jp/crd2/project/
*12
出所)「こうのとり」(HTV)のこれまでの歩み
https://humans-in-space.jaxa.jp/htv/kounotori/
*13
出所)日刊工業新聞「タカラトミー、変形型ロボット 月面へ おもちゃ技術で着陸機撮影」
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00702042
*14
出所)JAXA「変形型月面ロボットによる小型月着陸実証機(SLIM)の撮影およびデータ送信に成功」
https://www.jaxa.jp/press/2024/01/20240125-4_j.html
石上 文
広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。