古代エジプトのピラミッド いま建設すると総工費はいくらかかる?

世界には多くの謎や不思議があります。

建設物でいうと、エジプトのピラミッドがその代表格です。あれだけの巨大な石をどうやって、何人で、どのくらいの時間をかけて積み上げたのか。
内部はどうなっているのか。

そして筆者が少し気になったのは、少し下世話かもしれませんが「いったい、いくらかかったのだろう?」ということです。

紀元前のことですから当時はどんな経済システムだったかわかりませんが、今の時代にピラミッドを建設したらいくらかかるか?総工費の試算が公表されています。

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ピラミッドの不思議

エジプト・ギザにある三大ピラミッドは古代エジプト王国時代を象徴する遺跡といえます。

三基のうち最初に建設されたのはクフ王のピラミッドです。最も大きく、紀元前2550年頃から建設が始まったと言われています。*1

完成後の高さは約147メートル(現在は頂上部の石材などが失われ少し低くなっている)で、その内部に様々な部屋があることはテレビなどでもよく紹介されています。どんな技術が使われたのかは、謎に満ちたままです。

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完璧な角度・方角計算

それだけではありません。

クフ王のピラミッドは底辺の一辺が約230メートルの正方形ですが、正確な四角錐になっているだけでなく、驚くべきことに、4つの角は完全な直角で、しかもそれぞれの面は正確に東西南北の方位を向いているのだといいます。*2

とてつもない完成度です。

現代でも方位や角度を正確に得るのはなかなか難しいという中で、その計算方法はどこから来たのか、謎が謎を呼んでいます。

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「ピラミッド・タウン」も見つかっている

なお、ギザには「ピラミッド・タウン」と呼ばれる、庶民から貴族、王族までが住んでいたと考えられる巨大都市があったこともわかっています。*3
この「ピラミッド・タウン」には巨大な港もあり、人やモノが行き来する要衝としても発展した都市だと考えられています。

ピラミッド・タウンとはどんな街だったのか、興味をそそられます。

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クフ王のピラミッドにはいくらかかった?

では、いまクフ王のピラミッドを作ってみたらどれだけの手間や時間がかかるのか?
そんなことについて、大林組が試算しています。*2

場所はエジプト・ギザ市の同じ場所、建設技術は現代のものを使い、主要な工事機械は日本から運ぶ、施行・管理は大林組のプロジェクトチームが担当、作業は現地スタッフが担当する、という前提です。

さらにクフ王のピラミッドには1個平均2.5~7トンの石灰石の切り石が230万個使われており、これは当時と同じ建設現場近くから採取します。

そして「王の間」などに用いる500トンの花崗岩は現場近辺にないため、100キロメートル以上の距離から運びこむことになります。

これらの条件のもとで、大林組が出した見積は以下の通りです。

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クフ王ピラミッドの建設見積書
(出所:「現代工法によるクフ王型大ピラミッド建設計画」大林組)

https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/digest_kikan_01_idea.html

昭和53年に行われた試算で、総工費1,250億円です。
なお工期は5年、最盛期に必要な人数は8,500人と見積もられています。

しかし、これは近現代の技術を使った話です。「いまの技術で建設するならば」という話です。

これを実際に、当時のエジプトの人が行った同じ工法を現代の建設費に変換すると、


●人員20万人
●工期は30年
●平均賃金6万円/月 で、

20万人×30年×12ヵ月×平均6万円/月=約4兆円


となるそうです。*2

現代にこれほどの大掛かりな建設物があるとは思えません。

大山古墳(仁徳天皇陵)は800億円

日本には、古代から残る大型建設物として「古墳」があります。
これもまた、謎に満ちた存在です。

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仁徳天皇陵古墳
(出所:「現代技術と古代技術による仁徳天皇陵の建設」大林組)

https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/digest_kikan_20_idea.html

なかでも大阪府堺市にある「大山古墳(仁徳天皇陵)」は日本最大の前方後円墳で、5世紀中ごろに建設されたと考えられています。*4

濠を含んだ長さは最大840メートル、幅は最大65メートルにわたります。

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大山古墳(仁徳天皇陵)の大きさ
(出所:「仁徳天皇陵古墳百科」堺市)

https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/hakubutsukan/collection/mozukofungun/kofun.html

大山古墳(仁徳天皇陵)については、大林組は当時の工法で約800億円と見積もっています。就労者は最盛期で1日あたり1850人、工期は約16年と試算されています。*5

当時の道具といえばスキやクワ程度で、土砂は担いだり背負ったりと、人力で運ぶしかありません。
それを考えると、約800億円というのは納得、いや、意外と安いのかもしれないと感じてしまいます。

ただ、大山古墳についてはまだ様々な謎がありますから、今後、この見積もりも大きく変わる可能性があることでしょう。

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なぜ人々は集まったのか

筆者がもうひとつ気になるのは、「建設に携わった職人はどんな生活をしていたのか?」ということです。

今のように車があれば自宅から現場に通うことができるかもしれませんが、ピラミッドや古墳の時代はそうはいきません。

なお、ギザの「ピラミッド・タウン」は約7万平方メートルに及ぶ都市だったそうです。*1
そこからは製パン所や動物の骨が多数残されており、労働者たちはじゅうぶんな食事をとっていたと考えられています。

それならば、じゅうぶん食べられる生活をしながら、「永遠の」王の墓を作るという誇らしいプロジェクトに参加できるということで、働きがいはありそうです。

一方、大山古墳(仁徳天皇陵)については、資材を保管した倉庫群とみられるものは発見されているものの、労働者の住居についてはまだ分かっていないようです。*6
1日最大で約2,000人が働いていたならば、竪穴式住居400棟が必要という計算ですが、住居の跡は見つかっていないとのことです。

ただ、大阪府藤井寺市にある津堂古墳群の遺跡からは倉庫群や作業員の集落など、さまざまな基盤整備が行われたことが発掘で分かったといいます。

しかし、大林組の「季刊大林」では、古墳に関して印象深い考察が述べられています。


古代に統一国家が形成される前は、どこの社会でもいくつかの部族集団に分かれ、たがいに戦い争っていたものである。
それがいったん統一されると、突然に平和がやってくる。
もともと戦争ができたということは、それに消費する余剰が人的にも生産的にもあったということにほかならない。
その余剰が、平和になると途端に労働力や生産物として余ってくる。
それが、このような巨大建造物工事に振り向けられたとも考えられる。


<引用:「現代技術と古代技術による仁徳天皇陵の建設」季刊大林>

https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/digest_kikan_20_idea.html


巨大古墳の建造が「平和が訪れた証」なのであれば、これほど奥深いものはありません。


*1
「"永遠"のギザの三大ピラミッドはどう建てた? 謎の空間も発見」ナショナル ジオグラフィック

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/24/022900117/

*2
「現代工法によるクフ王型大ピラミッド建設計画」季刊大林

https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/digest_kikan_01_idea.html

*3
「日本のエクスプローラー 新たなピラミッド像を追って 河江肖剰 ピラミッド・タウンの船乗りたち」ナショナル ジオグラフィック

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/072200015/082500012/?P=1

*4
「仁徳天皇陵古墳」堺市

https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/sakai/keisho/romann/nintokutenno.html

*5
「現代技術と古代技術による仁徳天皇陵の建設」季刊大林

https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/digest_kikan_20_idea.html

*6
「巨大古墳群築造ミステリー 労働者2千人はどこに住んでいた?」産経新聞

https://www.sankei.com/article/20230517-DABKCGS47ZLFNMFGOKB4UEWC6Q/?679547

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。 取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。