製造業DXとは?ものづくり産業におけるDXの現在地

製造業DXとは?ものづくり産業におけるDXの現在地を確認しよう

コロナ禍をきっかけに、世界規模でオンライン化、デジタル化が進行しており、国内外のさまざまな企業がDX(デジタル・トランスフォーメーション)に取り組んでいます。

製造業も例外ではなく、AIやIoTなどの技術を活用したDXが進められています。
ものづくり分野のDXは、国際情勢が不安定な中で、より強靭なサプライチェーンを構築するための重要な取り組みです。
これまでは職人の技術に頼っていた部分を標準化、自動化できれば、製造業の人材不足を解消することもできます。

この記事では、ものづくり分野におけるDXの意義と、製造業DXの実現に必要な最新技術について解説します。

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あらゆる産業で推進されているDXとは?

DX(デジタル・トランスフォーメーショ)とは、IoTやAI、ビッグデータなどのデジタル技術を活用し、ビジネスモデルそのものを変革することを意味します。
一口にDXといっても、その定義は人や場面によってさまざまで、共通の定義はありません。

DXは、広い意味ではデジタル化の範囲に含まれますが、「あらゆる産業にICT技術が一体化する」という意味も含まれています。
DXを提唱したスウェーデンの大学教授、エリック・ストルターマン氏は、DXについて「ICTが行きわたることが人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」と表現しています。

効率化のために特定の業務を自動化することを「デジタイゼーション」、外部環境やビジネス戦略を含めたフロープロセスをデジタル化することを「デジタライゼーション」というのに対し、DXはデジタルによって産業の仕組み自体を変革することを指します。(図1)*1

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図1:デジタル化の広がり
出所)総務省「デジタルトランスフォーメーション、デジタイゼーション、デジタライゼーション」

https://www.soumu.go.jp/hakusho-kids/use/live/live_06.html

つまり、これまで多くの企業が生産性向上や省人化のために実施してきたデジタル化とは異なり、デジタルを活用した新製品やサービスによって企業の新たな価値を創造することがDXのゴールです。

デジタル技術の進歩やグローバル化による産業構造の変革などの国際潮流の変化をいち早く察知し、自らDXに取り組むことで飛躍した企業もあります。
DXは、その意義を理解し、企業が主体的に取り組むことで、結果的に企業価値の向上につながると考えられています。
企業がDXに取り組むことは、以下のような多くのメリットがあります。*2


●業務変革、新規事業の創出などによって顧客提供価値や収益が向上する。

●生産性や従業員エンゲージメントを高めることで、優秀な人材を獲得できる。

●サイバーセキュリティリスクを把握でき、コスト削減やリスク低減が可能になる。

●国境・産業・組織を超えたデータ連携によって、さらに付加価値が高められる。


DXはあらゆる産業分野で推奨されていますが、DXに取り組む前提となる業務のデジタル化に以前から取り組んでいたのかによって、取り組み状況が異なる傾向があります。
たとえば、金融業は、業界や本支店でのネットワーク整備やモバイルサービス提供などの基盤整備が以前から進められていたことや、フィンテック(FinTech)の活用が活発化していることから、DXへ取り組んでいる企業の割合が高くなっています。(図2)*3

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図2:DXの「言葉の意味を理解し、取り組んでいる」企業の割合
出所)IPA「DX白書2023」p.48

https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/gmcbt8000000botk-att/000108043.pdf

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なぜ製造業にDXが求められているのか

かつてはものづくり大国と呼ばれた日本は、高い技術力を持つ有能な人材によって、国際競争力を維持していました。
しかし、世界ではデジタル技術の活用が進み、人の力によって高い生産性を維持してきた日本は、その強みが通用しなくなることが懸念されています。*4

さらに、新型コロナウイルスの感染拡大や、ロシアによるウクライナ侵攻など、近年国際情勢が厳しさを増しており、製造業を支えるサプライチェーンもさまざまなリスクを抱えています。
サプライチェーンの強靭化は、世界的に機運が高まっている脱炭素や人権保護の観点からも重要であると考えられています。*5

世界経済フォーラムでは、2020年から世界の工場の先進性を評価し、お手本となるような最先端工場を「Global Lighthouse(グローバル・ライトハウス)」と認定しています。
選出された工場に共通する特徴として、デジタル技術の活用、企業を越えたサプライチェーンの最適化、生産性向上、市場ニーズに応じた柔軟な生産、脱炭素技術への取り組みなどがあり、製造業においてDXやGX(グリーン・トランスフォーメーション)などの「全体最適化」が求められる時代になっていることが窺えます。*5, *6

「Global Lighthouse」には、2023年1月時点で、全世界の132の工場が選出されています。そのうち日本企業は2拠点のみで、米国、中国、ドイツなどと比較すると、遅れをとっていると言えるでしょう。(図3)*5

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図3:Global Lighthouse選出状況(本社所在国別)
出所)経済産業省「製造業を取り巻く環境の変化」p.150

https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2023/pdf/honbun_1_5_1.pdf

日本の製造業はコロナ禍をきっかけにデジタル化の遅れが浮き彫りとなり、「デジタル敗戦」という表現も生まれています。
さまざまな要因が考えられるデジタル敗戦ですが、研究開発から製造までを自社内で完結させる日本特有の自前主義や現場任せの企業体質なども要因の一つとして考えられています。*7
デジタル敗戦に危機感を持ち、世界から遅れをとっているDXを急速に進めていく必要があります。

製造業DXを実現する最先端テクノロジー

次に、製造業DXを進めていくうえで、注目されている次世代技術について紹介します。


ローカル5Gが実現するスマートファクトリー

スマートファクトリーとは、工場内の基幹システム(ERP)や製造実行システム(MES)、生産設備がネットワークによって接続されることで、工場経営の指標となる各種データの管理が効率化され、生産性向上が実現された工場のことです。(図4)*8

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図4:スマートファクトリーのイメージ図
出所)富士電機「スマートファクトリーとは何か?

https://www.fujielectric.co.jp/about/column/detail/fa_10.html

スマートファクトリーでは、IoTによって集められた正確なデータを解析することで、生産ラインで発生する課題を把握、改善することができ、工場全体の生産性向上につながります。

このスマートファクトリー実現の鍵となる最新技術として注目を集めているのが、ローカル5Gです。
ローカル5Gとは、地域や産業などの個別のニーズに応じて、自らの建物内や敷地内でスポット的に構築する独自のネットワークのことです。IoT時代の基盤となる技術で、「超高速」に加えて、「超低遅延」「多数同時接続」という新しい機能を有しています。(図5)*9

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図5:IoT時代の基盤としての5G
出所)総務省「製造現場におけるローカル5G等の導入ガイドライン」p.22

https://www.soumu.go.jp/main_content/000760634.pdf

ローカル5Gは、通信事業者ではなく、企業や自治体が使用用途に応じて構築できるため、柔軟かつ安定的な運用ができるのが特徴です。
外部ネットワークの影響を受けにくいので、通信障害にも強く、災害時にも事業を継続することができます。*9


デジタルツイン

デジタルツインとは、IoTなどによって収集された物理空間のデジタルデータをもとに、サイバー空間で仮想的に物理空間を再現するシミュレーション技術を使用し、物理空間に存在するモノやヒト、プロセスをサイバー空間に双子(ツイン)のように再現したもののことです。(図6)*10

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図6:デジタルツインの全体像
出所)IPA「全体最適へ向かうデジタルツイン」p.2

https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/trend/digital-twin/f55m8k0000007afp-att/digital-twin.pdf

サイバー空間に構築されたデジタルツインでは、予測、最適化、シミュレーションなどの高度な分析をおこない、その結果を物理空間へフィードバックします。
デジタルツインからのフィードバックによって、コストや時間の短縮、製造工程の効率化、最適化などが可能になります。

ドイツの自動車企業では、工場の機器だけでなく、工場で働く人の行動をデジタルツインの対象とする取り組みもおこなわれています。
実際に働く人のデータをサイバー空間のシミュレーションに組み込むことで、人間工学や安全性に配慮した製造ラインの最適化を実現することができます。

DXの機運が高まる昨今において、デジタルツインはさまざまな産業分野で広がりつつあり、とくに製造業においての活用が期待されています。

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日本の製造業DXは遅れを取り戻すことができるのか

昨今の目覚ましいデジタル技術の進化の中で、日本経済を支えてきた製造業は大きな転換を求められています。

コロナ禍をきっかけに、日本のデジタル化の遅れが露呈し、DXに関しても世界から遅れをとっている状況です。
競争の厳しいグローバル社会で生き残っていくためには、DXの本質や必要性を理解し、次世代技術を柔軟に取り入れていくことが重要です。
DXを成功させるには、一部の業務のデジタル化を現場で対応するのではなく、5年後、10年後の将来を見据えた経営ビジョンを描き、それをもとにトップダウンで取り組んでいく必要があります。(図7)*11

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図7:DX実現に向けたプロセス
出所)経済産業省「デジタルガバナンス・コード 実践の手引き2.0」p.20

https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dx-chushoguidebook/tebiki2-0.pdf

DXをゴールではなく、あくまでも実現したい未来のための手段として捉え、積極的に取り組んでいくことで、デジタル敗戦からの巻き返しをはかることができるかもしれません。


参考文献
*1
出所)総務省「デジタルトランスフォーメーション、デジタイゼーション、デジタライゼーション」

https://www.soumu.go.jp/hakusho-kids/use/live/live_06.html

*2
出所)経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0」p.2

https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dgc/dgc3.0.pdf

*3
出所)IPA「DX白書2023」p.46, p.48

https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/gmcbt8000000botk-att/000108043.pdf

*4
出所)経済産業省「製造業 DX レポート ~エンジニアリングのニュー・ノーマル~」p.1

https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2019FY/000311.pdf

*5
出所)経済産業省「製造業のDXについて」p.1,p,2

https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/sangyo_cyber/wg_seido/wg_kojo/pdf/006_03_00.pdf

*6
出所)経済産業省「製造業を取り巻く環境の変化」p.150

https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2023/pdf/honbun_1_5_1.pdf

*7
出所)経済産業省「製造業を巡る現状と課題今後の政策の方向性」p.23

https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/pdf/016_04_00.pdf

*8
出所)富士電機「スマートファクトリーとは何か?」

https://www.fujielectric.co.jp/about/column/detail/fa_10.html

*9
出所)総務省「製造現場におけるローカル5G等の導入ガイドライン」p.22, p.23

https://www.soumu.go.jp/main_content/000760634.pdf

*10
出所)IPA「全体最適へ向かうデジタルツイン」p1, p.2, p.5

https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/trend/digital-twin/f55m8k0000007afp-att/digital-twin.pdf

*11
出所)経済産業省「デジタルガバナンス・コード 実践の手引き2.0」p.20

https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dx-chushoguidebook/tebiki2-0.pdf

石上 文

広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。