可能性を全否定したら、イノベーションは何も始まらない

「できない」と言ってしまったら本当にできない、という当たり前のお話

ものづくりは、つねに新しい可能性を求める場所です。

ものづくりに限らず、歴史上には不可能だと思われていたことを可能にしてきた人たちがいます。そのおかげで私たちはいま便利な生活を送ったり、何かを夢見たりすることができるようになっています。

メジャーリーガーの大谷翔平選手も、その一人でしょう。

投打の二刀流という試みは、最初は「プロを舐めるな」「ケガをするぞ」と批判されていました。でも大谷選手はいま、それを当たり前のようにやってのけています。

「自分にはできない」という思い込みは、自分の可能性を最初から自分で否定してしまう行為です。言霊で自分を縛ってしまう行為とも言えます。

そうならないためには、どんな心がけが必要なのでしょうか。

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格安探査機で世界的快挙を成し遂げたインドのチーム

さて、みなさんは宇宙開発のパイオニアと聞くと、どんな国を想像しますか?
アメリカ?ロシア?ヨーロッパ?
いずれにせよ「超大国」のイメージがあるのではないでしょうか。

いま、宇宙開発分野では火星探査に世界が注力しています。
火星に生命は存在するのか、その源である水は存在するのか。

さまざまな国が火星やその周辺に探査機を打ち上げています。

その中で、アジアで初めて火星の周回軌道に探査機を到達させたのがインドです。2014年のことです。

「火星の乗り物」を意味する「マンガルヤーン」と名付けられたこの探査機は、実は、アジア初という快挙である以上に世界を驚かせる存在でもあります。

驚くほどの低予算だったのです。

マンガルヤーンにかかった費用は7400万ドル(当時で約81億円)。
これがどのくらいの値段かというと、同時期に火星の周回軌道に入ったアメリカの探査機「メイブン」の場合は6億7100万ドル、2003年に欧州宇宙機関が実施した火星探査事業の当初予算が約2億ドルですから、そもそも桁が違うのです*1。

当時インドのモティ首相は、ハリウッドの宇宙映画「グラビティ」の製作費よりも安いと語り、プロジェクトチームを称えました。


プロジェクトの成功秘話を描いた「ミッション・マンガル」

しかし成功までには紆余曲折がありました。

マンガルヤーン成功の舞台裏を描いた「ミッション・マンガル」というドキュメンタリー映画があります。

マンガルヤーンのプロジェクト(MOM)は、実は、ロケットの打ち上げに失敗した責任者2人、ラケーシュとタラが「左遷」されるところから始まります。

2人に与えられた仕事は「火星プロジェクト」。
とはいえ設備もなければメンバーもいない、閑職とすら言えない部署でした。その時は「無理な話」と誰もが思っていたのです。

2人は急遽メンバーを召集するよう求めますが、集めてもらったメンバーは知識の浅い若者や、窓際族に近い老齢エンジニアといった具合です。メンバーの士気もほとんどない。ラケーシュはやる気を失いかけます。

それでもタラのほうは諦めませんでした。そこから快進撃が始まります。2児の母であるタラの奔走によってチームが少しずつまとまり始めるのです。


「不可能と言ったな?いますぐ出ていけ!」

とはいえ予算はありません。当時インドでは月の開発にPSLVというロケットを使っていました。しかし火星は月よりもはるかに遠い場所です。よって積まなければならない機材や燃料も多く、PSLVよりも大きな本体が必要になるはずです。

しかし当局からは「そんな予算はない」と突っぱねられてしまいます。
では、PSLVにどうやって火星まで行ける設備を積み込むか?
チームの発想はそちらに移り、試行錯誤が続きます。

とはいえ、ある時。追い詰められたある女性メンバーがラケーシュに、燃料の重量について
「これ以上(削ること)は不可能です!」
と言ってしまいます。

それに対するラケーシュの言葉は、
「いま『不可能』と言ったよな?君はこのプロジェクトにいるべきじゃない!今すぐ出ていけ!」
というものでした。

そう言われた彼女は一度は怒りを覚えたものの、自分の現在地について悩み抜き、結局、徹夜で図面を何度も書き直し続けるという姿がこの映画では描かれています。

キツすぎるように聞こえるラケーシュの言葉ですが、彼はわざとそう言ったことが後にわかります。すでに彼女の情熱を感じていたからです。
そこからメンバー全員に、驚くほどの発想力が生まれていき、快挙に繋がったのです。

それだけでなく、これまでに使ったことのない技術をメンバー全員がどんどん思いつき、最終的にPSLVという従来のロケットにマンガルヤーンを詰み、火星に到達させます。

「不可能」という選択肢を全員が捨てた時、イノベーションが生まれたのです。

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今すぐじゃなくてもいい

さて、ジャンルは変わりますが、大谷翔平選手についてはこのようなエピソードがあります。

日本ハムファイターズの監督として大谷選手の二刀流を認め支えてきた栗山英樹氏が、当時の大谷選手の様子をこう振り返っています。

「翔平は『今じゃないんです』って、トレーニングしていてもずっと言っていました。将来こういう動きができないと、自分のやりたい野球ができないから、今、疲れていても、筋肉痛になろうとも、このトレーニングをしなきゃいけないって、彼はやっていました。
あの若さで『今じゃない』って言える選手、すげえなと思って見ていました。目標設定から逆算して今日やるべきことが分かれば、その積み重ねですよね」

<引用:「栗山氏「二刀流正しかったか"わからない"」の本音 侍ジャパンの監督を終えた今、考える「今後の展望」東洋経済オンライン>

https://toyokeizai.net/articles/-/693247?page=3

大谷選手には「自分のやりたい野球」があり、二刀流がどれだけ批判されようとも、「いずれは」と考えていたのです。
「諦めない」ためには、焦らないことも必要だということを強く教えてくれる話です。

とはいえ、そこに向かって長い期間、毎日物事を続けられるか?
その意味では大谷選手は「超人的」なのかもしれません。大抵の人の場合、途中で嫌になる日があるものです。

しかし、イチロー選手が興味深い話をしています。

熱量が日によって変わります、まあそれも当然のことだよね。だって人間だからもちろん体調、気分もあるし、それはなかなかいつだって100%ってわけにはいかないよね。
(中略)
今日も休んじゃった、また休んじゃった、なんか成長していないなっていうよりも、今日やりたくないけど、でも自分なりに頑張った、それを繰り返すことが大事だと思うね。

<引用:「イチローさんが答える篇#2「がんばれない日があるみんなへ」UNIQLO YouTubeチャンネル>

https://www.youtube.com/watch?v=4_LBlbbJC_E

「気分が乗らないからその日はなし」というのはダメという厳しいことも述べていますが、「100%でない自分」を認めることの大切さを語っています。

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「この世は、思った通りになる」?

最後に、面白い言葉をご紹介しましょう。

漫画「ONE PIECE(ワンピース)」の作者である尾田栄一郎さんのひとことです。ある単行本の末尾に、こんな言葉が載っているのをSNSなどで見たことがある人もいるでしょう。


この世は、
思った通りになるのだそうで。
思った通りにならないよと
思っている人が、
思った通りにならかった場合、
思った通りになっているので、
やっぱりそれは、
思った通りになっているのだそうで。


「できない」と思ったら、それはやっぱり「できなかった」という結果を招く、つまり思った通りになってしまう、という非常に深いお話です。

もちろん「できる」と思えば何でもできるわけではないのは事実です。
ただ、少なくとも、「できない」と思ったら、100%できないのもまた事実です。

筆者の高校時代の恩師が言っていたことが印象に残っています。

「やらずに後悔するよりも、やって失敗して後悔する方がいい」。
みなさんは、どちらを選びますか?


*1
「インドの火星探査機費用は81億円、米映画の製作費より安く」CNN

https://www.cnn.co.jp/business/35054283.html

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。 取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。