
2024年8月 2日 09:00
顧客の希望に「ノー」と言うことで満足度をアップさせるのがプロ
「プロ」という言葉を、あなたはどう定義するだろうか。
専門知識がある人? 経験豊富で臨機応変に対応できる人?
わたしにとってプロとは、「難しい要望や一見実現不可能な依頼をこなせる、高度なスキルがある人」というイメージだった。
絶対ムリだと誰もが思うようなプロジェクトに果敢に挑み、それを成功させる。
どんな状況でも「できない」と言わない人こそがプロ。
しかし最近、「なんにでもイエスと言うのがプロってわけじゃないなぁ」と認識を改めることにした。
なぜなら、顧客の希望に「ノー」と言うことこそが、顧客満足に必要な場面もあるから。
顧客の希望通りにしたら「失敗」だと言われた
近々大規模な模様替えを予定しているわたしは、最近インテリアや住宅系の動画を見るのにハマっている。
とくに興味深いのが、注文住宅で後悔したことに関する動画だ。
人生においてもっとも高い買い物のひとつでもある、家。
毎日暮らす場所であり、自分の理想を詰め込んだ理想空間を作りたいと思うもの。
しかしありったけの夢を詰め込んだ家でも、実際に暮らしてみると「こんなはずじゃなかった......」ということは起こりうる。
それはしょうがないとはいえ、「いやいや、さすがにそれは業者が教えてあげるべきだったんじゃ......?」と思うこともしばしばだ。
たとえば、子供部屋を3連ダウンライトにした結果、影が3重になり勉強に集中できない家。
「明るい部屋がいい!」とホワイト系の床材を選んだ結果、自分の長い髪の毛と黒い犬の毛がすごく目立って気になってしまう家。
これは、家を建てる時点で、プロならある程度予見できることじゃないだろうか。
なんで打ち合わせの段階で、そういったデメリットをちゃんと伝えてあげなかったんだろう。
もちろん、3連ダウンライトも、ホワイト系の床材も、客自身がリクエストしたものであり、業者はそのとおりの家を作ったのだから、まちがってはいない。
でもそれが顧客のためになったか、満足しているかというと、話は別だ。
理想の家なのに...不満をもった理由
実はこれ、わたしも経験がある。
わたしが中学生のとき両親が家を建てることになり、「こういう家にするつもりなんだけどどう?」と間取り図を見せられ、自分の部屋が正方形であることに首をかしげた。
「なんか正方形の部屋って使いづらそうじゃない? 真ん中にスペースできちゃうし」
「そう?」
「うん、今の部屋も長方形だし、部屋って普通は長方形なんじゃないの? わたし、正方形はイヤだなぁ」
両親はわたしの意見を尊重し、兄の部屋は予定通り正方形に、わたしの部屋は長方形にしてくれた。わたしの希望が叶ったかたちである。
だがしかし。
完成後、「お兄ちゃんの部屋のほうが圧倒的に広く感じる!! わたしも正方形の部屋がよかった!!」と大後悔。
単純にわたしのほうが物が多いのもあるが、兄の部屋のほうがスッキリしていて広々と感じるのだ。実際、兄の部屋のほうが広いし。
しかもわたしの部屋を長方形にした結果、両親の寝室も狭くなり、デッドスペースは物置としてとりあえずクローゼットにしたらしい。
それを知り、「え、そんなにいろいろ影響があるなら正方形の部屋でよかったよ......」と思った。心の底から。
正方形の部屋がイヤだと言ったのは、ほかでもないわたし。そして両親と業者は、わざわざ間取りを考え直し、両親の寝室を狭くしてまで、その希望を叶えてくれた。
が、結果としてわたしはそんなに満足していないというか、むしろ「正方形のお兄ちゃんの部屋がうらやましいなぁ」なんて思っているわけである。
自分勝手ではあるが、なにもわからない中学生の言葉をそのまま受け取るのではなく、建築士さんは「家具を置いたときのシミュレーションをするとこんな感じで問題ないよ。正方形のほうが広いよ」と言ってくれたらなぁ......なんて思うのである。
顧客が本当に望んでいるのはなにか
「ドリルを買いに来た人がほしいのは、ドリルではなく『穴』である」という言葉がある。
ドリルは手段であり、目的は穴をあけること。目的が達成できるのなら、手段はドリルでなくともいい。
プロであれば、顧客が本当に望んでいること、必要としているものを見極め、提供すべき。
そういった意味だ。
わたしが望んだのは、過ごしやすい部屋であること。
「なぜ正方形の部屋がイヤなのか」といえば、単純に正方形の部屋に住んだことがなくイメージできない=過ごしやすい部屋になるか不安だったから。正方形の部屋でも過ごしやすいのであれば、なんの問題もなかったのだ。
重ねて書くが、長方形の部屋を希望したのはわたし自身で、希望通り長方形の部屋を作ってくれたのだから、仕事としては一切文句はない。
が、一歩踏み込んで、「長方形がいい」というのはどんな目的に対する手段なのだろう、と一緒に考えてくれていれば、結果は変わっていたかもしれないなぁ、なんて思うのである。
顧客の希望に「ノー」を言う勇気
大前提は、顧客の希望を最大限叶えること。しかし顧客の希望に「ノー」と言うことで、逆に客の満足度を上げられることもある。
注文住宅を使って、いくつか例を挙げよう。
とある女性は、小さい頃から吹き抜けのある家に憧れていて、注文住宅でも真っ先に吹き抜けを希望した。
しかし吹き抜けにすると2階が一部屋少なくなるので2人ぶんの子ども部屋が作れなくなるし、階段が狭く急になるので2階に大きな家具を搬入しづらくなる。
そこで建築士が改めてなぜ吹き抜けがいいか確認したところ、実家が古く天井が低いため、どうしても開放感たっぷりの明るいリビングがほしいのだそう。
「それならば」と吹き抜けをやめて天井を少し高くし、部屋に入ったら大きな窓が目に入るように間取りを調整。
結果その女性は長年の夢だった吹き抜けを諦めることにはなったが、「実際に住むなら吹き抜けよりこっちのほうが実用的だ」と納得し、現在は明るく広々としたリビングに大満足だそう。
別の例として、階段に大きな窓を作って日差しが差し込むようにしたいと希望したとある男性。
業者から、「窓が多ければ多いほど冬寒くなる。降雪量が多い地域なのでやめたほうがいい」と言われてしまい、意気消沈。
階段に大きな窓を希望した理由は前述の女性と似ていて、近くにある実家の階段が暗くて寒いので、窓を大きくしたら明るくなるし、日差しが差し込んで暖かいだろう、と考えていたようだ。
しかし窓をつけても冬場は雪が降って日光が入らないし、窓のぶん寒くなる。それならわざわざ窓をつけるメリットはない。
ということで、階段には照明を多くつけて人感センサーにし、暖房が効きやすいように間取りを調整することで、「明るくて暖かい階段」を実現したそうだ。
この例は両方とも顧客の希望を却下してはいるが、結果的に顧客のためになり、高い満足度につながっている。
客の望みを実現するだけが、プロの仕事ではない。
言われる通りにやっても、満足してもらえなければ意味がないのだから。
プロは、総合的に判断して顧客の望みを叶える存在
もちろん、できるかぎり顧客の希望には応えたほうがいい。
しかし顧客はプロではない場合が多く、「なんとなくこうしたい」「こっちのほうがよさそう」といった、ぼんやりした理由で依頼内容を決めることもある。
その結果、注文住宅の例のように、希望通りの家にした結果理想の家にはならなかった、ということも起こりうる。
だから言われた希望をそのまま受け取り、すべて取り入れることがつねに最善だとはかぎらないのだ。
「客の言う通りにしたのに満足どころか『失敗だ』と言われる」なんて理不尽ではあるが、しかたない。顧客はその道の「プロ」ではないのだから。
だからこそプロは、目の前のお客様が本当にドリルをほしがっているのか、実は穴をほしがっているのかを判断しなくてはいけない。
穴をほしがっているのであれば、「技術的には可能だけどそれはやらないほうがいい」「そうしたいならこのやり方もある」と、場合によっては希望を却下して別の手段を提案するほうがベターな可能性もある。
顧客の望みを理解したうえで、総合的に考えて一部「ノー」と言うのは、プロにとっては大切なスキルなのだ。
そして「ノー」と言った後、顧客の望みの本質を理解し、より満足度が高いものを提供できるかというところが、プロとしての腕の見せどころなのだと思う。
雨宮紫苑
ドイツ在住フリーライター。Yahoo!ニュースや東洋経済オンライン、現代ビジネス、ハフィントンポストなどに寄稿。著書に『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)がある。