「サラメシ」と「孤独のグルメ」を観ながら考える 仕事とメシとの味わい深い関係

「サラメシ」と「孤独のグルメ」はなぜおもしろい? 仕事とメシとの味わい深い関係とは

仕事の合間のランチ。あるいは、仕事を終えての食事。何を食べるのか、どのように食べるのかは、案外その仕事やその仕事に従事することの本質を炙り出しているのではないでしょうか。

そこで思い浮かぶのがNHKの「サラメシ」とテレビ東京の「孤独のグルメ」。
その世界を覗いてみましょう。

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「サラメシ」の世界

サラメシは「さまざまな"働く人"のランチをつぶさに観察して、ランチに隠された仕事へのこだわりや感動のエピソードを紹介」する番組です。*1

サラメシとは「サラリーパーソンの昼食」のことですが、番組ではサラリーパーソンに限らず、さまざまな職業・職種の人々のランチが紹介されています。

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仕事あるある

数年前の勤労感謝の日に放送された回では、ランチに出かけた街角の"働く人"にインタビューしています。

「人生で一番、思い出に残ったランチは?」

その答えはどんなものだったのでしょうか。
*以下は要旨で、実際の放送とは時系列や表現がやや異なります。

最初の人はこう答えました。
「入社したばかりの頃、初めての仕事で先輩が褒めてくれました。その時ご馳走になったステーキですね。バブルの頃だったんで、豪勢でした」

物流関係の会社に勤める女性はこんな話を。
「会社が吸収合併されることがあったんですね。そのとき食べたパスタ、塩味パスタです。しょっぱくて、なんかしんみりしました」

自動車会社の営業パーソンの答えはこうです。
「会社に戻ると、いつも机の上に頼んでおいた弁当が置かれています。営業で外回りをしているので、3時に食べられればまだいい方で、そのときは5時になっていました。ああ、今日も冷えてるなあ、と」

不動産会社に勤務する若い女性はというと......。
「大失敗したときに、上司が『これ食べて忘れろ』と、ご馳走してくれたんです。失敗したのに、こんなに優しくしてくれるんだったら、この人のために頑張らなければ、と思いました。チキン南蛮定食です」

最後に、物流関係のベテラン社員はこんな話を披露してくれました。
「東京から栃木工場への転勤を命じられて、行きたくなかったんですね。単身赴任です。工場に食堂があったんですが、そこの味噌汁がめちゃくちゃ旨かったんです。それを"おばちゃん"に言ったら、それから私の顔をみるといつも大盛りにしてくれました。あの味噌汁の味は忘れられません」

身につまされるエピソードばかりではないでしょうか。
仕事は甘くない。
街角インタビューの話はほとんどがちょっと辛い体験なのですが、印象的なのはその語り口。誰もが穏やかに、にこやかに語っているのです。

大変なときにも人は食べる。
そのとき食べたものが、体に栄養を与えるだけでなく、なにかしらの救いになってその人を支える。
「仕事メシ」の力とはそういうものなのかもしれません。

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お弁当は強い味方

この番組ではさまざまなお弁当も紹介されています。
印象的だったのは、17年間ずっと、お弁当の写真を撮り続けた人のエピソードです。

写真の数は2,631枚。
すべての写真が映し出されるまでの数秒間は、まさに圧巻。
最初は1枚だったのがどんどんズームアウトされていき、写真のサイズが小さくなるのと同時に、数は急速に増えていく。

たとえ写真に撮らなくても、毎日お弁当を作り続けるということはこういうことなのだ、と心を揺すぶられます。

男性の年齢は57歳、大学の研究を技術的にサポートする、技術専門員です。コンピュータなどの機器が故障したら修理する仕事なので、いつ出番がくるかわかりません。
急ぎの修理に備えて、いつもお弁当を持参するとか。

お弁当づくりを始めたのは、戸建てに住むことを夢見て、賃貸マンションで節約に励んでいる頃でした。
ちょうど、デジカメを買ったものの、被写体を探すのに一苦労。
「ああそうだ、毎日の弁当なら確実に撮ることができる!」
そう思いついてこの日課を始めたといいます。

ちなみに、お弁当は妻の担当、夫は朝食の担当。
夫はできたてのお弁当をまずカメラで写してから、包みます。

最初は凝ったお弁当でしたが、そのうちに夫の好みのものが繰り返し登場することになります。たまには、おにぎりにインスタントラーメンということも。

仕事柄、あるいはさまざまな理由で、お昼休みにも持ち場を離れられない人、外食できない人がいます。移動しなくても短時間で食べられるお弁当は、そんな人々の力強い味方です。

実態調査の結果をみると

ここで、アサヒグループ食品株式会社が2023年に実施したインターネット調査「働く人のお昼休憩に関する実態調査」の調査結果をみてみましょう。

まず、「指定された昼の休憩時間を十分に取れていない人」は56.3%。このパーセンテージから、休憩を取れていない人の推計人口は日本全体で約2,900万人に上るということです。*2
メールの確認や返信、情報収集などを一切行っていない、実質的な休憩時間が15分未満の人の割合は9.8%でした。

しかも、ビジネスパーソンの22.9%がランチを食べない日があると回答し、その理由は「食べる時間がない」が39.9%で最多、次いで「節約のために食費を抑えたいから」が17.5%という、なんとも切ない結果です。

では、ビジネスパーソンは、出社日のランチで何を重視しているのでしょうか(図1)。

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図1 出社日のランチで最も重視すること
出所)アサヒグループ食品株式会社 PRTIMES「【働く人のお昼休憩に関する実態調査】推計
約2,900万人のビジネスパーソンが"お昼のゆとり不足" お昼の休憩時間は理想の3/4、ランチはタイパ・コスパ志向が強い傾向」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000214.000059194.html

「時間がかからないこと」(27.6%)と回答した人の割合が最も高く、次いで「コスパがいいこと」(25.8%)、第3位の「おいしいこと」は13.0%に過ぎません。

ランチに最も食べることが多いものは、既婚女性は「自分で作った料理」(61.8%)、既婚男性は「定食屋・食堂」(20.1%)、未婚男性は「コンビニご飯」(30.5%)という結果でした。

ちなみに、「コンビニご飯を週3回以上」と回答したのは、既婚女性38.8%、未婚女性38.3%なのに対して、既婚男性41.5%、未婚男性52.4%と、男性の割合が高くなっています。

何を食べるかだけでなく、誰と食べるのかも知りたいところですが、筆者は複数の人から、こんな話を聞いたことがあります。
「お昼休みくらい気を使う必要がないように、自分の車の中で、1人で食べる」

それを聞いたときは複雑な想いを抱いたのですが、次にご紹介する「孤独のグルメ」も「ひとりメシ」です。

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画像: テレビ東京系列で放送されている、原作・久住昌之、作画・谷口ジローによる漫画作品を原作とするテレビドラマシリーズ「孤独のグルメ」より

「孤独のグルメ」の世界

「孤独のグルメ」は久住昌之氏原作・谷口ジロー作画のハードボイルド・グルメ漫画をドキュメンタリータッチでテレビドラマ化したものです。*3, *4

2012年放送開始の長寿番組ですが、一部は期間限定でフルバージョンがYouTube配信されています。*5, *6


見どころ

主人公の井之頭五郎は個人で輸入雑貨商を営んでいます。五郎を演じる松重豊氏が商用でさまざまな町を訪れ、ふらっと立ち寄った店で実においしそうにひたすら食べる。

魅力的なのは、五郎のモノローグです。脚本家にはなかなか出せない味なので、原作者の久住氏に依頼しているとのこと。*7

また、その食事に至るまで、あるいは食後のストーリーがなかなか興味深いのです。
YouTubeでも期間限定で配信されているシーズン2のイントロダクションはというと......。*8


  時間や社会にとらわれず、幸福に空腹を満たすとき、
  つかの間、彼は自分勝手になり、『自由』になる。
  誰にも邪魔されず、気を使わず物を食べるという孤高の行為。
  この行為こそが現代人に平等に与えられた、
  最高の『癒し』といえるのである。


ネタバレにならない程度にこのシーズンのエピソードを1つご紹介します。*9

ある日、両国にいる五郎は元気がありません。
最近、小口の商売ばかりなのです。

納品前に甘味処で一息ついて、束の間のチャージ。
そして、とある理髪店の前で、
「ここだなあ。今日も小口の客。いかん、いかん、大事なお客さまだ」

気を取り直すも、納品はオルゴール1つ。
でも、そこで店主夫妻から心温まるエピソードを聞くことになります。
それは、辛い挫折を巡るお話でした。


  笑っていれば、道は拓ける。
  いい夫婦だなあ。元気をもらえた。
  なんだかいい気分だなあ。元気が出てくると、人間ってどうにも腹がへるんだなあ。


五郎はそう心の中でつぶやき、ちゃんこ鍋のお店を探すのでした。

こんなふうに、このドラマは、仕事にまつわる、ちょっと苦(にが)いエピソードの前後や合間に、五郎がとびきりの料理に出会ってひたすら食べまくる、そんな構成になっています。

「ああ、ああいうこと、あるよなあ」「身につまされるなあ」と思いながら、いつしか五郎の食べっぷりに引き込まれ、「それにしても、美味そうだなあ」と癒されること、間違いなしです。

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おわりに

NHKの「サラメシ」とテレビ東京の「孤独のグルメ」は、ジャンルもコンセプトも異なるアプローチですが、どちらも「仕事メシ」の本質を炙り出し、働く人の共感を呼び起こします。

また、回によって多くのバリエーションがあるのも見どころ。

仕事でちょっと疲れたときに、視聴してみてはいかがでしょうか。


資料一覧

*1
出所)NHK「NHKアーカイブス サラメシ」
https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009050553_00000

*2
出所)アサヒグループ食品株式会社 PRTIMES「【働く人のお昼休憩に関する実態調査】推計約2,900万人のビジネスパーソンが"お昼のゆとり不足" お昼の休憩時間は理想の3/4、ランチはタイパ・コスパ志向が強い傾向」(2023年5月31日 14時00分)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000214.000059194.html

*3
出所)漫画『孤独のグルメ』公式サイト「孤独のグルメとは」
https://kodokuno-gourmet.jp/_ct/17474727

*4
出所)テレビ東京「孤独のグルメ イントロダクション」
https://www.tv-tokyo.co.jp/kodokunogurume1/introduction/

*5
出所)テレビ東京「孤独のグルメ 最新情報」
https://www.tv-tokyo.co.jp/kodokunogurume1/news/

*6
出所)テレビ東京「孤独のグルメ」ウェブサイト
https://www.tv-tokyo.co.jp/kodokunogurume/

*7
出所)『『孤独のグルメ』巡礼ガイド3』(扶桑社)電子書籍(2018年7月25日)p.16

*8
出所)テレビ東京「孤独のグルメ 第2シーズン イントロダクション」
https://www.tv-tokyo.co.jp/kodokunogurume2/intro/index.html

*9
出所)テレ東公式ドラマチャンネル「期間限定フル】孤独のグルメ2 第8話 「墨田区両国の一人ちゃんこ鍋」 主演:松重豊 異色のグルメコミックを実写ドラマ化!【公式】」

横内 美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。 高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育 成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。 パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。 X:よこうちみほこ(@mibogon) Facebook:よこうちみほこ(https://www.facebook.com/mihoko.yokouchi1)