新工法の主担当を任された新入社員。不安でたまらないこの状況は果たしてピンチなのか。

新工法を任された臆病な新入社員 「挑戦は誰にとってもチャンス」と前を向けた理由とは

筆者が勤めているのは大手ゼネコンのひとつです。
大手ゼネコンといえば、日本の建設業界において施工の最先端を走る会社といえるでしょう。
効率のよい施工法を追求するため、常に新工法を取り入れてプロジェクトに臨んでいます。

今回紹介するのは、筆者が新入社員のときに新工法を任されたエピソードです。
右も左もわからないまま、最先端の建設現場に配属されました。
毎日をやっとの思いで乗り越えている中、新工法の主担当を任命されたのです。
ピンチと感じられたその状況で得られたモノは何だったのでしょうか。

ものづくりの現場で「新しいことへの挑戦」を続ける方に共感していただければ幸いです。


建設現場におけるものづくりとは

エピソードを紹介する前に、建設現場におけるものづくりについて触れておきたいと思います。

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施工管理者が計画し、職人がつくる

建設現場には、「施工管理者」と「職人」がいます。

施工管理者は、工事計画を立て、工事の工程・品質・コスト・安全などを管理する役割です。
一方、職人とは、実際にものをつくる技能者を指します。
元請業者の施工管理者が各専門工事業者の職人に指示を出し、職人が実際に施工するというのが、建設現場の仕事の進め方です。

筆者の当時の役割は、施工管理者です。
コンクリートや鉄骨で柱や梁、床、壁などを施工する躯体工事 *1を担当していました。
そのため、土工・鉄筋工・大工・鳶工・鍛冶工など、十種類前後の専門工事業者の作業の計画を立て、指示を出すのが主な業務です。
建設現場の施工管理者という立場で携わるものづくりで難しい点は、自分ではなく職人がつくるということです。
完成形と作業手順を明確に伝え、適切な作業環境を整えることではじめてイメージ通りのものをつくることができます。

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建設技術は日進月歩。次々と登場する新工法

建設技術は常に進化しています。
大手ゼネコンにおいては、プロジェクトごとに新工法が試されているといっても過言ではありません。
なぜならば、新工法は工期短縮のカギであり、工期の短縮が会社の競争力を高める重要な要素だからです。

例えば、オフィスの施工を例に挙げてみましょう。
入札に参加した建設会社の工期に2ヶ月差があったとします。
工期が短ければオフィスをそれだけ早く貸し出せることになり、建築主としては2ヶ月分のリース代を得られるメリットです。
このような場合、工期が短い建設会社が優先されることでしょう。

しかし、新工法への挑戦は簡単なことではありません。
新工法に挑戦する際は、見たことがないものをつくるため、施工管理者と職人で完成形・作業手順を共有するのが困難です。
一緒にイメージトレーニングを繰り返し、確実に施工できる手順を共に考え抜くことが重要になります。


新入社員に任された新工法

工事現場でのものづくりは、職人につくってもらうことがポイントであることを述べました。
ここからは、新入社員が職人と協力して新工法に挑戦したエピソードを紹介します。
大きな価値観の変化に共感していただければ幸いです。

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工事現場に配属されて数ヶ月、誰も知らない新工法を任された

前述のとおり、筆者が担当していたのは躯体工事です。
鉄筋コンクリート造の建物を施工するため、大工に型枠を、鉄筋工に鉄筋を、土工にコンクリートをつくってもらっていました。
職人との作業の調整や、施工状況の自主検査、次工程の施工計画など、やっとの思いで乗り越える毎日です。

そんな中、先輩から「新工法を取り入れるから主担当をお願いね」と言われました。
渡されたのは英語のカタログ1枚だけです。
海外のインターネット情報を調べることで概要を知ることができたものの、具体的な施工手順はわかりません。

大手ゼネコンの施工管理者として、筆者の新工法への挑戦が始まりました。


先輩からの金言「誰も知らないから誰がやってもいっしょ」

先輩から新工法の主担当を任命された際、言われた言葉があります。
それは、「誰も知らないから誰がやってもいっしょ」です。
先輩は以下のような話をしてくれました。

「新入社員が既存の施工法の管理で先輩・上司に追いつくのは難しい。
でも、新工法に関してはそんなことはない。
誰も知らない新工法であれば、上司も先輩も新入社員も同じスタートラインにいる。
今君がやりきれば、君はこの工法の第一人者になれる。」

筆者は慎重なタイプな人間です。
そのため、新しいことへの挑戦に対しては憶病になりがちでした。
それに対し、先輩はものづくりの最先端で新しい挑戦を続けてきた人です。
誰も知らないことをやり遂げてきた人だからこそ意味のあるその言葉に強く胸を打たれました。

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職人との格闘

さて、概要はわかるものの、詳しい作業手順はわかりません。
最初に考えるのは、「誰につくってもらうか」ということです。
「自分ではなく職人がつくる」という建設現場特有の難しさに直面します。

専門工事業者が扱うのは、基本的にそれぞれの専門工事のみです。
しかし、新工法を扱う専門工事業者はありません。
そこで、対応できそうな何人かの職人に相談してみましたが、「うちの仕事じゃない」というつらい言葉が返ってくるばかりでした。

新工法を扱う場合、打ち合わせに時間を要するだけでなく、作業効率も低下する可能性が高まります。
そうすると利益が減ってしまうため、職人としても安請け合いは出来ないのが実情です。
当時の私は配属されて数ヶ月の新入社員です。
新工法に付き合ってもらうだけの信頼関係をまだ築けていませんでした。

話だけでは取り付く島もありません。
まずは自分自身が工法を完璧に理解し、施工手順を考えることにしました。
作業手順が具体的にわかるように各手順の写真やイメージ図を用意し、それぞれの作業に必要な職能をリストアップします。
万全の体制で関係する職長(各専門工事業者の現場リーダー)に説明を行いました。

それでも乗り気になってくれない職長はいたものの、一部の職長は一緒に手順を考えてくれるようになりました。
他の職能が必要となれば協力してくれている職長から声をかけてもらえるなど、どんどんものづくりの輪が広がりました。
次第にみんなが前向きに取り組んでくれるようになったのです。

筆者が建設会社というものづくりの会社に入り、はじめてその醍醐味を味わっていた時間といえます。


いよいよ施工、改良を加え、成功に終わる

鍛冶工、土工、大工、鉄筋工などとともに、いよいよ施工の日を迎えます。
施工を繰り返すたびに職人と相談しながら改良を加え、手際よく設置できるようになりました。

数ヶ月後には後工程が問題なく進んでいることを確認し、新工法は成功に終わりました。
他の現場からの問い合わせに対して資料をまとめて水平展開するなど、数万人の従業員を抱える大手ゼネコンで新工法の第一人者になった瞬間です。


新しいことへの挑戦で得られた教訓

筆者の価値観を変えた今回の挑戦で得られた教訓をまとめてみます。

・新しいことへの挑戦は誰にとってもチャンス
・人を動かすには、それだけの準備と熱意が必要
・熱意はうつり、輪が広がる

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おわりに

新しいことへの挑戦はピンチではありません。
誰も知らないからこそ、自分が一番になれるチャンスです。
新しいことへの挑戦を楽しめるからこそ、ものづくりの世界で第一線に立てるのかもしれません。


注釈
*1 躯体工事(くたいこうじ)基礎や柱、壁、土台、床版などをつくる工事
(参考)戸田建設「仕事を知る(躯体)」

https://www.todariyukai.com/work/

オキハラ

1級建築士。 東京大学、同大学院にて建築を学んだのち、大手ゼネコンに就職。 構造設計を専門とし、ホテル・事務所・研究所・工場などを設計。 本業の傍ら、ライターとしての活動を開始し、建築・不動産をはじめ、幅広いコンテンツで執筆中。