持続可能な節電アクションとは?省エネは生産性・快適性と両立できるのか

気候変動の影響によって、猛暑や大型台風、大寒波などこれまでに経験したことのないような異常気象に見舞われることも増えています。夏の暑さは厳しさを増し、35℃を超える猛暑日が続くことも珍しくありません。

気候変動の解決には事業者も積極的に節電・省エネに取り組むことが必要です。
しかし暑い夏にエアコンの使用を控えるなどの過度な節電・省エネには、熱中症などの健康リスクがあるだけでなく、作業パフォーマンスやモチベーションにも影響を及ぼすというデータもあります。
省エネに取り組むことは重要ですが、快適な職場環境が失われることは避けなければいけません。

この記事では、職場における節電・省エネの重要性と、快適性や生産性を犠牲にすることのない、持続可能な節電アクションについて紹介します。

積極的な省エネが求められる日本企業

化石燃料などのエネルギー資源の乏しい日本では、以前から貴重なエネルギーを効率良く使うために、省エネの取り組みが行われてきました。
2011年に発生した東日本大震災での計画停電や、近年相次いでいる電力逼迫などによって、節電・省エネの意識は産業界から一般家庭にいたるまで、広く浸透しつつあります。

経済産業省が実施した調査によれば、中小企業の89%が省エネに対する取り組みをすでに行っているか、今後取り組んでいきたいと考えています(図1)。*1

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図1: 省エネ必要性の認識
出所)経済産業省 関東経済産業局「省エネの進め方と現場で役立つ着眼点」p.6
https://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/sho_energy/data/20210312book.pdf

電気を無駄なく、上手に使用する省エネがなぜ必要なのか、今一度その意義について確認してみましょう。
省エネは、地球環境保全とエネルギー安定供給、そして経済効率性の3つの意義をもっています(図2)。*2

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図2: なぜ省エネが必要なの?
出所)経済産業省 資源エネルギー庁「家庭向け省エネ関連情報 省エネって何?」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saving/general/what/

エネルギーの使用を抑えることで、気候変動の主な原因であるCO2などの温室効果ガスの排出を減らすことができます。
さらに、エネルギーのほとんどを輸入に頼っている日本では、限りある資源を効率よく使用し、エネルギー安定供給を確保することが重要です。

省エネに積極的に取り組むことは、事業者にとってもさまざまなメリットがあります。
光熱費削減によってコストが低減され、結果的に利益の増加につながることはもちろん、環境問題に貢献する企業として世間から認知されることにもつながります。
近年では、世界的に注目が集まるSDGsやESG投資を意識した経営が求められているため、企業が環境や社会の問題に配慮した経営をすることの重要性が増しています。

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夏の暑さが職場環境へ与える影響は?

節電にはエアコンの使用を抑えることが効果的ですが、気候変動の影響もあり、夏の暑さは年々厳しくなっています。
厳しい暑さは、働く人にさまざまな負の影響を及ぼします。

民間の調査期間「Job総研」が全国の20代から50代の社会人を対象に実施した「2023年 夏の働き方実態調査」では、「夏の暑さでやる気減少」と回答した人が全体の約9割に上ることがわかりました。
やる気が低下する季節は「夏」と回答した人が46.1%と最も多く、その次が「冬」の18.6%でした。*3

夏場の作業環境における温度の違いが、作業パフォーマンスにどのような影響を与えるかについても、研究されています。
この研究では、作業環境の条件を23℃、29℃、35℃と変えて、身体疲労感やエラー発生についてデータをとっています。実験では、周囲からの情報を聞き逃してしまうエラーは温度上昇とともに増加し、さらに作業時間が伸びるにつれて多くなるという結果になっています。
身体疲労感や心拍数の増加も同様で、作業環境の温度上昇によって、作業効率や注意力が低下することが分かりました。*4

さらに、節電を実施しているオフィスにおける健康影響に関する調査結果では、気温が28℃を超える作業場所では「頭痛」「全体倦怠・眠気」「イライラ・緊張・神経過敏」などの症状が現れる割合が有意に高く、さらに「目の乾燥・かゆみ・ちかちか」「疲れ目」「皮膚の乾燥・かゆみ」などの自覚症状を訴える人が増加したという結果になっています。*5

室温が快適に保たれていない暑い職場はモチベーションを低下させるだけでなく、ミスの誘発や体の不調の原因にもなるようです。

また、節電を実施することによる快適性・生産性への影響に関して調査したアンケート結果では、業務の妨げになっている節電対策として「空調温度設定の緩和」と答えた人がもっとも多くなり、次いで多かった回答が「エレベーターの停止」「天井照明の減光」です(図3)。*6

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図3: 業務の妨げになっている節電対策
出所)日本建築学会環境系論文集「節電対策が快適性・知的生産性・省エネルギー性に与える影響」p.903
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aije/79/704/79_901/_pdf

このアンケート調査は、東日本大震災の影響で大規模な節電が実施された2011年におこなわれたもので、前年と比較して平均約6.6%生産性が低下したことが報告されています。
さらに、節電の継続可能年数に関しては「3年」という回答が最も多く、「5年以内」の回答が全体の約75%を占めていることから、職場の快適性を低下させる節電の継続は難しいことが示唆されています。*6

エコと快適な職場環境を両立するヒント

エネルギー使用を抑えながら、快適な職場環境を実現していくには、どのような対策が有効なのでしょうか。

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節電はまずはエネルギーの「見える化」から!

エネルギーの「見える化」とは、いつ、なにが、どのくらいエネルギーを消費しているのか具体的な数値を把握することです。定量的なデータから分析することで、より効果的に節電を行うことができます。

たとえば製造業の場合、電力消費の内訳は業種別で以下の図4のようになっており、どの業種でも生産設備が占める割合がもっとも高いという結果です。*7

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図4: 電力消費の内訳(製造業)
出所)首相官邸「事業主の皆さまへ 節電アクション」p.17
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/electricity_supply/20110720/east02.pdf

稼働時間は平日9時から20時がピークとなっており、この時間帯に生産設備の電力使用を見直すことが節電アクションとして効果的であることが分かります。

一方、オフィスビルの場合は、空調用電力が全体の約48%、照明やパソコン、コピー機などは約40%を占めています(図5)。*7

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図5: 電力消費の内訳(オフィスビル)
出所)首相官邸「事業主の皆さまへ 節電アクション」p.3
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/electricity_supply/20110720/east02.pdf

平均的なオフィスビルでは電力使用のピークが平日の10時から17時なので、その時間帯に空調・照明・OA機器の使用を見直すことが節電につながります。


さらに、より詳細に職場のエネルギー使用を「見える化」をすることで、収集したデータから、現状の問題点を分析し、解決策を見出すことができます。
エネルギー使用量の把握だけにとどまらず、さまざま方法で職場環境を「見える化」することで、無駄をなくし、効率的な節電が可能になります。

たとえば、目には見えない熱をサーモカメラで「見える化」すると、無駄な放熱や冷気の侵入箇所や室内の寒暖差の状況が分かります(図6)。*8

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図6: サーモカメラによる熱の「見える化」
出所)経済産業省 北海道経済産業局「経営力強化につながる「エネルギーの見える化」と「正しい省エネ」」p.18
https://www.hkd.meti.go.jp/hokne/20210205/data02.pdf

さらに執務室や廊下などの温度・湿度を測定することで、空調管理の重点箇所が分かり、職場環境を快適に保ちながら、空調の使用を効率よくおこなえます。

他にも、データを活用した節電アクションとしては、各部屋の照度を「見える化」することで明るすぎると判定された部屋の照明の使用を抑えたり、室外機汚れを「見える化」することで冷房用電力の省エネが可能になった事例があります。*8

クールビズに積極的に取り組もう

地球温暖化対策の一環として、政府は2005年から室温の適正化とその温度に適した軽装を促すクールビズを呼びかけています。
クールビズは夏場の軽装だけでなく、省エネ型エアコンへの買換え、西側の日よけのブラインド、日射の熱エネルギーを遮蔽する緑のカーテンなども含まれます。
これらの取り組みは、エネルギーを使用せずに快適な室内環境を実現することができるものです。
夏を快適に過ごすライフスタイルとしてすでに定着しつつあるクールビスですが、近年は熱中症のリスクが高まっていることから、外気温や建物の環境を考慮して、柔軟におこなうことが推奨されています。*9

空調温度を基準値に保っていても、以下の図のようなさまざまな工夫をすることで、オフィスで快適に働くことができます(図7)。*10

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図7: 快適に働くスタイル
出所)環境省「COOL BIZ オフィス篇」
https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/coolbiz/office/

上記以外にも、勤務時間の朝方シフトや扇風機の効果的な利用、外回りから帰ったときの着替え、不要な機器の電源OFFなどの対策も節電・省エネに効果的です。

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まとめ

節電によって職場の温度が上がることでやる気や生産効率が低下するというデータもあり、生産効率を維持し、無理なく節電を継続していくにはさまざまな工夫が必要です。

具体的な根拠もなく「空調温度を28℃に設定する」「照明を間引きする」などの一般的に推奨されている節電アクションをおこなうことは、ときには生産性やモチベーションの低下につながってしまうこともあるでしょう。
暑さ・寒さはときに命にかかわることであるため、空調管理をする際には、職場環境や働く人の体調に十分に配慮していかなければなりません。

「見える化」によってエネルギーに関するデータを分析すること、クールビズを積極的に導入することは、持続可能な節電アクションの実現につながるかもしれません。

気候変動の進行は短期間で食い止めることは難しく、この先も毎年暑い夏がやってくることが予想できます。
節電・省エネと快適な職場環境や働く人の健康維持をどう両立していくのかは、今後も企業に問われていく課題となるでしょう。



参考文献
*1
出所)経済産業省 関東経済産業局「省エネの進め方と現場で役立つ着眼点」p.6
https://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/sho_energy/data/20210312book.pdf

*2
出所)経済産業省 資源エネルギー庁「家庭向け省エネ関連情報 省エネって何?」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saving/general/what/

*3
出所)毎日新聞「夏に仕事、やってられない? 「暑さでやる気低下」約9割 民間調査」
https://mainichi.jp/articles/20230815/k00/00m/020/309000c

*4
出所)労働安全衛生総合研究所特別研究報告「環境温度の違いが作業パフォーマンスに及ぼす影響」p.59
https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/doc/srr/SRR-No28-5.pdf

*5
出所)労働安全衛生総合研究所特別研究報告「節電下のオフィス環境における温湿度と健康影響調査」p.159
https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/doc/srr/SRR-No43-4-3.pdf

*6
出所)日本建築学会環境系論文集「節電対策が快適性・知的生産性・省エネルギー性に与える影響」p.903
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aije/79/704/79_901/_pdf

*7
出所)首相官邸「事業主の皆さまへ 節電アクション」p.3,p.17
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/electricity_supply/20110720/east02.pdf

*8
出所)経済産業省 北海道経済産業局「経営力強化につながる「エネルギーの見える化」と「正しい省エネ」」p.6,p.18,p.20,p.30,p.31
https://www.hkd.meti.go.jp/hokne/20210205/data02.pdf

*9
出所)環境省「令和5年度クールビズについて」
https://www.env.go.jp/press/press_01503.html

*10
出所)環境省「COOL BIZ オフィス篇」
https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/coolbiz/office/

石上 文

広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。