製造業でも必要なスキルになる?未来から逆算して考えるバックキャスティングとは

社会を変革するために必要なスキルになる?未来から逆算して考えるバックキャスティングとは

近年注目が高まっている、バックキャスティングという考え方をご存知でしょうか。

バックキャスティングとは、視点を未来に置き、目指すべき将来像を定めたうえで、目標から逆算して、どうしたら達成できるかシナリオを作成する考え方のことです。
既存の技術や課題から未来を導き出すフォアキャスティングとは逆の思考アプローチです。
たとえば、2050年のカーボンニュートラル達成や、2030年のSDGsのゴールには、数十年後の将来に向かってシナリオを描く、バックキャスティングが取り入れられています。

この記事では、バックキャスティングの考え方と具体的な事例について紹介します。

未来像から解決法を探るバックキャスティング

バックキャスティングとは、数十年後の未来に目標やありたい姿を設定し、その目標を達成するためのシナリオを描く手法で、「未来思考」や「未来洞察」などとも呼ばれています。
未来に明確なゴールを設定し、そこから逆算することで、現在と未来をつなぐ道筋を描くことができます(図1)。*1

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図1: バックキャスティングのイメージ
出所)日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ「芸術文化に満ちあふれた未来をつくるためには」

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200728post-352.html

飛躍的なアイディアや新しい選択肢が生まれるバックキャスティングの思考法は、現状解決が難しい環境問題の解決など、劇的な変化が求められる課題の解決に有効とされています。

バックキャスティングと正反対の思考法が、フォアキャスティングです。
バックキャスティングが「未来」の視点であるのに対し、フォアキャスティングにおける視点は「現在」にあります。
現状を分析することで課題を見出し、「いま、できること」を積み上げていくことで対応法を探っていくアプローチですが、目標設定はおこなわれないため、必ずしも理想の未来を実現できるとは限りません(図2)。*1

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図2: フォアキャスティングのイメージ
出所)日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ「芸術文化に満ちあふれた未来をつくるためには」

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200728post-352.html

バックキャスティングとフォアキャスティングは対照的な考え方ではありますが、どちらかが優れているというわけではありません。
この2つはどちらも問題解決のために用いられる手法で、どちらの思考法が有効になるのかは解決すべき課題によってケースバイケースです。
バックキャスティングとフォアキャスティングの良いところを組み合わせて使うこともできます(図3)。*2

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図3: バックキャスティングとフォアキャスティング
出所)経済産業省「パラダイムシフトを見据えたイノベーションメカニズムへ ー 多様化と融合への挑戦 ー」p.3

https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/kenkyu_innovation/pdf/013_s01_02.pdf

今、バックキャスティングが注目される理由

10年・20年以上の長期的な目標の実現に有効なバックキャスティングの思考法は、エネルギーや環境問題を解決するためのアプローチとして、1970年代に徐々に広がりました。
近年、バックキャスティングが注目されるきっかけの一つとなったのは、2015年に国連総会で採択された持続可能な開発目標SDGsです。*3

「誰一人取り残さない」を基本方針とするSDGsはバックキャスティングの思考法を採用しており、2030年を達成年限として以下の17のゴールを設定しています(図4)。*4

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図4: SDGs 17のゴール
出所)環境省「持続可能な開発目標(SDGs)について」p.2

https://www.env.go.jp/content/900529159.pdf

SDGsではゴールだけが設定されており、実現のための取り組みに関しては各国に任されています。
SDGsの達成のためには、国や自治体、企業がそれぞれのなにができるのか、ゴールから逆算してシナリオを描く必要があります。

バックキャスティングの手法を活用した事例

SDGsをきっかけに広まったバックキャスティングは、国や自治体、企業などがさまざまな課題を解決するために活用しています。

自治体における脱炭素社会ビジョンの策定

国立環境研究所が公開している、地域における脱炭素ビジョンの策定手順でも、バックキャスティングの考え方が取り入れられています。
脱炭素ビジョン策定の手順は以下のようになっており、まずは枠組みを決めて、具体的な検討を進めていきます。*5

(1)枠組みの設定
(2)対策候補の情報整備
(3)目標とする将来像の描写
(4)必要な施策・事業とシナジー/トレードオフの分析
(5)ロードマップ作成と主体毎のアクションの整理

目標の実現に必要な施策・事業に対しては、脱炭素分野以外へどのようなシナジー(好影響)とトレードオフ(悪影響)を与えるかを分析しながら、検討をおこないます。*5

この策定手順を実践しているのが、福島県大熊町の「大熊町ゼロカーボンビジョン」です。
大熊町ゼロカーボンビジョンでは、ゼロカーボン達成に向けて再エネ導入とCO2削減の目標を掲げています(図5)。*6

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図5: ゼロカーボン達成に向けた道のり イメージ
出所)福島県大熊町「大熊町ゼロカーボンビジョン(概要)」p.1

https://www.town.okuma.fukushima.jp/uploaded/attachment/7164.pdf

そして、以下の図6のような将来像を描き、再生可能エネルギーの最大限導入や地産地消システムの構築など、具体的な取り組みを検討しています(図6)。*6

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図6: ゼロカーボン実現に向けた具体的な取り組み
出所)福島県大熊町「大熊町ゼロカーボンビジョン(概要)」p.2

https://www.town.okuma.fukushima.jp/uploaded/attachment/7164.pdf

現状の社会の延長では達成が難しい脱炭素を実現するためには、目標から逆算して具体的な行動を策定する、バックキャスティングの思考法が有用です。

未来共創とやまシティラボプロジェクト

バックキャスティングは、まちづくりや地域課題の解決にも用いられています。

かねてからコンパクトシティ戦略を進めていた富山市は、2020年3月に路面電車の南北接続が完了したことで、まちづくりとして一つの節目を迎えました。
そして、2020年度から、新たな時代への一歩として「とやまシティラボプロジェクト」を開始しました。
「とやまシティプロジェクト」のキーワードは未来共創です。市域全体を「ラボ=実験室」とみなし、産学官民が連携しながら地域課題の解決を図ります。
産学官民が立場を超えて対話を重ねながら、未来の富山市のビジョンを描き、バックキャスティングによって、課題解決と新たな価値の創造を目指す取り組みです。*7

未来共創の拠点施設として、富山市ではSketch Lab(スケッチラボ)を2020年9月にオープンしました。
Sketch Labのコンセプトは「未来を描ける場所。出会える。そして、一歩踏み出せる」です。*7
地元起業家や学生研究生など、多様な分野の人と交流できるSketch Labでは、新たなビジネスの創出や地域課題解決のために、さまざまな挑戦をおこなっています(図7)。*8

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図7: Sketch Lab (スケッチラボ)施設のポジショニング
出所)国土交通省「未来共創とやまシティラボプロジェクト」p.40

https://www.mlit.go.jp/scpf/archives/docs/townmanagement_3rd_2.pdf

トヨタ環境チャレンジ2050

トヨタ自動車では、持続可能な社会の実現に貢献する新たなチャレンジとして、2015年10月に「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表しました。
気候変動、水不足、資源枯渇、生物多様性の劣化などの深刻化する地球温暖化問題を解決するために、自動車が未来の地球にとってマイナスとなる部分を限りなくゼロに近づける挑戦です。

SGDsと同様に長期スパンでゴールを設定するバックキャスティングの手法で、以下の6つのチャレンジングな目標を掲げています(図8)。*9

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図8: トヨタ環境チャレンジ2050 6つの環境チャレンジ
出所)トヨタ自動車 「環境報告書2020」p.8

https://global.toyota/pages/global_toyota/sustainability/report/er/er20_jp.pdf

長期的な目標である「トヨタ環境チャレンジ2050」を達成するためのマイルストーンとして、当面の具体的な実施計画や目標を定めた「トヨタ環境取組プラン」を5か年計画で展開し、さらに「2030年マイルストーン」も設定しています。

バックキャスティングをゲーム感覚で学べる?

最後に、バックキャスティングをゲーム感覚で学び、より身近に感じられる展示をご紹介します。
バックキャスティングとフォアキャスティングと掛け合わせた考え方をゲームを通じて学ぶことができるのが、日本科学未来館の常設展示である「未来逆算思考」です(図9)。*1

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図9: 未来逆算思考
出所)日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ「芸術文化に満ちあふれた未来をつくるためには」

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200728post-352.html

この「未来逆算思考」では、まず50年後の地球に暮らす子孫に向けて、どんな地球を贈りたいのか、目指すべきゴールを選びます。
「地球温暖化がストップした地球」「いつまでもきれいな水が飲める地球」「エネルギーで豊かな暮らしができる地球」など、選択肢は複数あります。
そして、50年後までの時の流れを進むルートを描き、無事ゴールに理想の地球を送り届けることができれば、クリアです(図10)。*10

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図10: 未来逆算思考
出所)日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ「「ロイクラトン祭り」とあなたの思考」

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200826post-354.html

時の流れを表すボードには、ポイントが減ってしまう「障害」と、ポイントが加算される「進歩」があり、50年後の未来に辿り着くまでにポイントがゼロになるとゲームオーバーになります。

一見簡単なようにも見えるこのゲーム、実は筆者はこれまで何度か挑戦したものの、50年後に理想の地球を届けることに成功したことがありません。
時の流れを示すボードには角度がついており、最適なルートを描くには、50年後の未来から過去を見る視点と、現在から近い将来を見る視点の両方を持ち合わせる必要があります。
さらに、動く障害、つまり現実では予測不能な不確実性のある障害も含まれ、自分が描いたルートで思い通りにいくわけではないのです。
この「未来逆算思考」ではバッグキャスティングの考え方と、シナリオ作成の難しさを学びながら、地球が抱える現在の課題への向き合い方についても学ぶことができます。

国や自治体、企業で取り入れ始めているバックキャスティングは、遠い未来から現在を見つめることで、これまでにないアイディアを生み出すことが期待されています。
未来の目標から逆算するという考え方は、大きな変革を求められる現在の社会において、個人のレベルでも必要なスキルになるかもしれません。

参考文献
*1
出所)日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ「芸術文化に満ちあふれた未来をつくるためには」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200728post-352.html

*2
出所)経済産業省「パラダイムシフトを見据えたイノベーションメカニズムへ ー 多様化と融合への挑戦 ー」p.3
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/kenkyu_innovation/pdf/013_s01_02.pdf

*3
出所)公益財団法人 日本生産性本部「バックキャスティングとは:パーパス・戦略策定における活用方法」
https://www.jpc-net.jp/consulting/report/detail/post_11.html

*4
出所)環境省「持続可能な開発目標(SDGs)について」p.1,p.2
https://www.env.go.jp/content/900529159.pdf

*5
出所)国立研究開発法人国立環境研究所「地域における「脱炭素社会ビジョン」策定の手順Ver.1.2 」p.8,p.18
https://www.nies.go.jp/fukushima/pdf/decarbon_gaiyo_2021.pdf

*6
出所)福島県大熊町「大熊町ゼロカーボンビジョン(概要)」p.1,p.2
https://www.town.okuma.fukushima.jp/uploaded/attachment/7164.pdf

*7
出所)とやまシティラボ「「とやまシティラボ」プロジェクト」

https://sketch.lab.city.toyama.toyama.jp/toyamacitylabo

*8
出所)国土交通省「未来共創とやまシティラボプロジェクト」p.40
https://www.mlit.go.jp/scpf/archives/docs/townmanagement_3rd_2.pdf

*9
出所)トヨタ自動車 「環境報告書2020」p.8
https://global.toyota/pages/global_toyota/sustainability/report/er/er20_jp.pdf

*10
出所)日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ「「ロイクラトン祭り」とあなたの思考」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200826post-354.html

石上 文

広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。