古代ギリシャのメンターシップと職人の技能伝承 現代の職場で活用する新しいアプローチ

古代ギリシャのメンターシップと職人の技能伝承--現代の職場に適用する新しいアプローチとは?

「後輩や部下の指導は、どうやるのが正解なのか?」
これは、時代や業種が違っても共通する、普遍的な悩みではないでしょうか。

この記事では「古代ギリシャに起源のあるメンターシップ」と「歴史のある職人の技能伝承」を通じて、現代の職場における新しいアプローチを考えていきたいと思います。

メンターシップの基礎知識と起源

まずはメンターシップの基礎知識と起源について、見ていきましょう。


メンターおよび関連語の意味

前知識として、メンター(Mentor)および関連語の意味から確認しておきます。

メンターには「(よき)相談相手、(優れた)指導者、師」といった意味があります。

経験の浅い人(若手など)に、助けや助言を与える経験豊富な人物が「メンター」です。メンターからサポートを受ける人物のことは「メンティ」といいます。

メンターとメンティーの関係性が「メンターシップ」です。

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メンターが提供するサポートや影響、指導・指示など、そのプロセスは「メンタリング」と呼んでいます。

・メンター(Mentor):経験豊富な人物で、若手や経験の浅い人物に対して助言や指導を提供します。
・メンティー(Mentee):メンターからサポートや指導を受ける人物です。
・メンターシップ(Mentorship):メンターとメンティーの関係性やその枠組みを指します。
・メンタリング(Mentoring):メンターがメンティーに対して提供するサポートや指導のプロセスを指します。

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語源は古代ギリシャの『オデュッセイア』

「メンター」という語の語源は、古代ギリシャの叙事詩として有名な『オデュッセイア』です。

この物語に登場する"メントル"という人物が、若者テレマコスに対して果たした役割が、現代のメンターシップの原型といわれます。*1

『オデュッセイア』は、英雄オデュッセウスが長い放浪生活を経て故郷に帰還し、王位に復するまでの物語です。

オデュッセウスの冒険談や、留守中に妃ペネロペに言い寄ってきた者たちへ報告する話などが描かれています。

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オデュッセウスとペネロペには、テレマコスという名の息子がいます。

オデュッセウスが不在の間、テレマコスにさまざまな教育を行い、成長をサポートしたのが「メントル」という名の人物です。

メントルはテレマコスへ、戦争における兵法や戦術の理解、政治における交渉術やリーダーシップの重要性など、さまざまなことを教えました。

ただ教えるだけでなく、メントルはテレマコスとの対話を重視します。自ら考え、解決する力を育てました。

メントルの名前は、英語のMentor(メンター)として、若年者や経験の少ない者に知識を与え、サポートする役割を持つ人物を指す言葉となりました。

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日本の職人気質な技能伝承

一方、日本、とくに"職人"と呼ばれる人たちの技能伝承のあり方には、メンターシップと大きく異なる点が見られます。

ここでは、筆者自身が身近に見てきた職人たちの特徴を踏まえて、考察してみたいと思います。


職人気質な伝承の特徴

職人は、"ひとつの技術"に対して、極めて深い専門性と誇りを持っています。

それを言語化して体系的に教えるのではなく、あえて言葉で教えずに、「見て覚えろ」という教えがあります。

他人から手取り足取り教えてもらうことは、"楽をすること" という価値観があり、
「楽して他人に教わっても、本当の技術は身につかない。自分の目で見て、自分の力で盗んでいけ」
という"自己学習の精神"が強くあるといえます。

自分の意思で、自ら学んでいく力が重要です。自己学習の精神がない者は、去るしかない厳しさがあります。


メンターシップとの違い

この職人気質な教え方をメンターシップと比較してみましょう。

メンターシップは、対話と共感を重視し、計画的に成長を支援します。職人は「見て覚えろ」の精神で、観察と実践を通じた自律的な学びを重視します。

また、メンターシップは、個人の成長や自己実現を重視する傾向があります。職人は、より高度な技術を会得していくこと、その技術を次世代へ継承し存続させることに、重点があります。

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一方、「職人が、精神性の成長を重視していないか?」というと、そのようなことはありません。

"技術の習得が人間性の成長につながる" という考え方が、ベースにあるからです。

たとえば「道具を磨く」という技術を極めることを通じて、心を磨いていると考えます。技術の習得そのものが、精神の鍛錬にも通じているのです。


現代における職人気質の課題

メンターシップと職人気質のどちらが良い・悪い、ということはありません。

ただ、現代において職人的なアプローチは批判対象になりやすい点は、注意したいポイントです。

たとえば、[見て覚えろ]とGoogle検索してみると、

古い

時代遅れ

パワハラ

指導力不足

......という具合に、辛辣な言葉が並んでいます。

時代の変化に適合させ、無用な摩擦をなくしていく努力も必要といえるでしょう。

現代に適合する新しいアプローチ

現代の職場環境では、旧来の職人気質的なアプローチだけでなく、メンターシップの要素も取り入れながら、新しいあり方を模索したいところです。

具体的に、3つのポイントをご提案します。

1.メンターシップと職人気質を融合させる
2.メンター制度で"斜めの関係"を作る
3.情報をデジタル化して継承する


メンターシップと職人気質を融合させる

1つめは「メンターシップと職人気質を融合させる」です。

職人気質は、技術の細部に至るまで自分の目で確かめ、自ら学んでいくことを重視します。このプロセスを通じて、技術に対する深い理解と体得が実現していきます。

一方、メンターシップは自己実現を重視します。メンターは、メンティの個人成長と目標達成を、対話を通じて計画的にサポートします。

これらの要素を組み合わせれば、技術と個性の成長を同時に促進する、新しいアプローチが実現します。

職人の「見て覚えろ」の精神と、メンターシップの対話と共感のバランスを取れば、世代間のギャップも埋めやすくなるでしょう。


メンター制度で"斜めの関係"を作る

2つめは「メンター制度で"斜めの関係"を作る」です。

これは、上司と部下の直接的な関係ではなく、異なる部署やポジションの人々との関係を築くことを意味します。

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「メンター制度」として導入し、新入社員や若手社員に対して、それぞれ1人ずつのメンター担当者を割り当てます。

メンターとなるのは、直属の上司ではない他部署のリーダーや先輩などです。直属ではない、"斜めの関係" だからこそ、効果的なメンターシップの構築が可能です。

さらに、異なる部署や役職のメンバーとの交流が生まれることで、組織全体の成長にも寄与します。


情報をデジタル化して継承する

3つめは「情報をデジタル化して継承する」です。

若い世代は、デジタル情報からの自己学習に慣れています。インターネットやデジタルメディアを活用して、自分で情報を探し、学び取る能力が高いのです。

この特性を活かすためには、伝統的な技術やノウハウをデジタル化し、パソコンやタブレットで扱えるようにしておくことが役立ちます。

動画、画像、テキストなどにして準備すれば、デジタル化された情報から「見て覚える」「教えてもらうのではなく自分で盗む」を実現できます。

職人的な教え方と、若い世代の得意分野を掛け合わせることが、新しい未来につながるはずです。

さいごに

本記事では、メンターシップの基礎知識や起源、職人的なあり方、現代におけるアプローチについて取り上げました。

新人スタッフや部下の育成に、悩んでいる方は多いと思います。

そんななか、今までとは異なるアプローチを現代の職場に取り入れることが、現状の打開策になるかもしれません。

これからの人材育成の新しいスタンダードを、生み出していきましょう。


*1
出所)厚生労働省「生涯キャリア支援と企業のあり方に関する研究会報告書」平成19年7月20日
III 政策の展開、2. 企業の取組、(2)従業員に対するキャリア支援、(キャリア支援の専門的体制)
https://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/07/h0720-6d.html

三島 つむぎ

ベンチャー企業でマーケティングや組織づくりに従事。商品開発やブランド立ち上げなどの経験を活かしてライターとしても活動中。