
2023年10月27日 09:00
人はミスをする生き物?ミスを未然に回避するDX時代のヒューマンエラー対策とは
「つい」「うっかり」起こしてしまうミスは、多かれ少なかれ誰でも経験があることではないでしょうか。
一般的にヒューマンエラーが発生すると、「ミスをした本人の責任である」と捉えられてしまいますが、教育や精神論だけでは人間の間違いを完全になくすことは困難です。
以前から製造業では、「人間はミスをするものである」という前提のもとに、フールプルーフやフェールセーフなどの、システム側がミスや事故を防ぐ設計方法が取り入れられてきました。
そして、近年新しいヒューマンエラー対策として期待されているのが、AI(人工知能)の活用です。
AIは、政府が推進するDX(デジタルトランスフォーメーション)においても重要な要素の一つです。
この記事では、物流業界、医療業界、建設業界で導入が進む、AIによる新しいヒューマンエラー対策について紹介します。
ヒューマンエラーとは?ミスはなぜ起きるのか
ヒューマンエラーとは、「意図しない結果を生じる人間の行為」のことを指します。*1ヒューマンエラーは、思い込みや確認不足、意図的なルール違反や手抜きなどによって引き起こされ、次の図1のように分類できます。*2
図1:ヒューマンエラーの分類
出所)厚生労働省「生産性&効率アップ必勝マニュアル」p.2
https://www.mhlw.go.jp/content/000962924.pdf
厚生労働省の分析によると、労働災害が発生する原因の8割には人間の不完全な行動、つまりヒューマンエラーが含まれています。*1
交通事故に関して言えば、不注意や脇見、交通法違反など運転者に起因する事故の割合は94.6%を占めています(図2)。*3
図2:交通事故の3つの要素
出所)国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター「交通事故の原因は?予防は可能か?」
https://www.ncgg.go.jp/ri/lab/cgss/department/gerontology/gold/about/
ヒューマンエラー対策として、以下の4つの方策があります。*1
・人が間違えないように人を訓練する。
・人が間違えにくい仕組み・やり方にする。
・人が間違えてもすぐ発見できるようにする。
・人が間違えてもその影響を少なくするようにする。
一人一人が異なる個性や特性をもつ人間が関わる以上、ヒューマンエラーが引き起こされる背景や要因も無数に存在するため、ヒューマンエラーを減らすことはできても完全に防ぐことは難しいでしょう。
ものづくりに欠かせない!ミスを未然に防ぐ仕組み
以前からものづくりの現場では、「人はミスを起こすもの」という前提のもと、設計段階でヒューマンエラーを防ぐ仕組みが取り入れられています。
その代表的なものが、フールプルーフです。
フールプルーフとは、安全衛生教育や危険予知訓練を適切におこなっても発生してしまうヒューマンエラーを未然に防ぎ、労働災害につながらないように対策をおこなうことです。
たとえば、工具や加工具物だけを通し、作業員の手が入らないように防ぐ固定ガード、手を挟まないように両手操作でなければ作動しない機械などがフールプルーフに該当します。*4
つまり、フールプルーフの考え方では、事故につながるような誤った操作自体をそもそもできないように設計します。
フールプルーフとおなじくシステム側がミスを防ぐ安全設計には、フェールセーフという考え方もあります。
フールプルーフが人のミスを防ぐための仕組みであるのに対し、機械の故障や誤動作に対する備えの機能がフェールセーフです。
フェールセーフでは、「装置はいつか必ず壊れる」という設計思想のもと、故障などの予期せぬ事態が発生した際にも安全な状態になるように設計します。
次の図3は、踏切遮断機におけるフェールセーフ機能の例です。*5
図3:踏切遮断機におけるフェールセーフ
出所)日本信号「Q6.フェールセーフとはどんな考え方ですか?」
https://www.signal.co.jp/products/railway/faq/faq06/
図3の例では、踏切遮断機の列車検知装置が故障しても、列車在線時と同じように常に「在線(列車あり)」と判断し、赤信号を出して衝突事故を防ぎます。
さらに、踏切遮断機が故障した場合でも、重力の力で自ら遮断機の竿が降りる自重降下によって、歩行者の安全を守る仕組みになっています。
AIが活躍!DX時代のヒューマンエラー対策
教育や訓練などの人側の対策、フールプルーフやフェールセーフなどのシステム側・機械側の対策をおこなっても、なお発生してしまうヒューマンエラーを防ぐために、AIの活用が期待されます。
ドライバーの漫然運転による事故を防ぐAI
漫然運転とは、疲労からくる体調変化などが原因で、考え事などをしながらぼーっとした状態で運転をすることです。
脇見や居眠り運転などの明確な原因があるわけではない漫然運転は、事前に注意することが難しく、通常の安全教育だけでは防ぎきることはできません。
次の図4は、AIを活用した、ドライバーによる事故を防ぐためのシステムです。事前に体温や血圧などのドライバーのバイタルを測定し、事故リスク予測アルゴリズムによって、ヒヤリハットが起こりやすい日をドライバーと管理者の双方が出発前に自覚することができます。*6
図4:SSCVのダッシュボード
出所)国土交通省「『輸送DX』 による健康管理向上と 事故防止の取り組みについて」p.22
https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03safety/resourse/data/seminar2022_004.pdf
このシステムでは、走行中もAIが危険状態や危険運転を察知すると、リアルタイムで注意喚起をおこないます。
走行後にはAIやセンサーが検知したヒヤリハット情報を振り返ることができ、体調の変化や運行ルートなどの1日の軌跡を分析することで、個々のドライバーに最適化した教育が可能になります(図5)。*6
図5:振返る‟DX"ヒヤリハットイベントの確認
出所)国土交通省「『輸送DX』 による健康管理向上と 事故防止の取り組みについて」p.26
https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03safety/resourse/data/seminar2022_004.pdf
個別に疲労度を判定でき、ぼーっとしている状態も検知可能なので、漫然運転による事故の撲滅にも貢献します。
医療現場でのヒューマンエラーを防ぐAI活用
ヒューマンエラーを防ぎ安全な医療を提供するために、保健医療分野でもAIの活用が期待されています。
AIの実用化が早い段階で実現可能であると考えられている領域として、ゲノム医療と画像診断支援、診断・治療支援、医薬品開発などがあります。
とくに、画像診断支援と医薬品開発は日本の強みといえる分野で、高い国際競争力を誇っています。*7
AIによる画像診断支援によって、病理診断が迅速かつ適切におこなわれれば、米国と比較しても数が少ない日本の病理医の負担を軽減することができると考えられています(図6)。*7
図6:AIを活用した画像診断支援
出所)厚生労働省「保健医療分野におけるAI開発の方向性について」p.6
https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000337597.pdf
また、医薬品医療機器総合機構(PMDA)では、AIによるヒヤリハット評価を2023年度から試行的導入しています。
薬局で報告される年間10万から18万件ものヒヤリハット事例をAIが評価し、製品の改良や注意喚起の追加などの安全対策が必要な事例を抽出することで、人による評価が必要な事例数を3割から6割低度削減できる見込みです。*8
建設現場でのヒヤリハットをAIが解析
建設業労働災害防止協会が実施した調査では、建設現場でヒヤリハットを経験したと答えた建設工事従事者は、全体の約6割を占めています。さらに高ストレスや不眠の方のほうが、健康リスクのない方と比較して、ヒヤリハットの体験リスクが1.2〜2.0 倍多いこともわかっています。*9
このような実態を踏まえて、建設業労働災害防止協会では、作業負荷や心身の状態、コミュニケーション、事故・災害を回避する能力であるレジリエンス能力など、建設工事従事者本人に関わる要因に着目した「新ヒヤリハット報告」を開発しています。
「新ヒヤリハット報告」では、従来の安全衛生活動を「SafetyⅠ」とし、メンタルヘルスなどのヒヤリハットを引き起こす要因への対策を「深化したSafetyⅠ」としています。
そしてヒヤリハットを重大事故を防いだ成功体験ととらえ、レジリエンスを向上させる「SafetyⅡ」とし、3つの取り組みを組み合わせ、事故・災害を減らす対策です(図7)。*9
図7:新ヒヤリハット報告による新たな視点からの労働災害防止対策について
出所)建設業労働災害防止協会「建災防方式「新ヒヤリハット報告」のすすめ」p.2
https://www.kensaibou.or.jp/safe_tech/leaflet/files/pamphlet_shin_hiyarihatto_2205.pdf
全国の建設工事従事者の6割が1年に1回の割合でヒヤリハットを経験しているとすると、その報告例は膨大な数になります。
新ヒヤリハット報告は紙ベースではなく、デジタル化してスマートフォンなどで入力することで、集積された膨大なデータの集計分析の自動化が可能になります(図8)。*10
図8:新ヒヤリハット報告DX(イメージ)
出所)建設業労働災害防止協会「「新ヒヤリハット報告」のデジタル化と安全衛生管理DX」p.27
https://www.kensaibou.or.jp/safe_tech/leaflet/files/0527_CSPI-EXPO.pdf
安全衛生管理をDX化し、新ヒヤリハット報告によって集められたビッグデータをAIで解析することで、報告者に対する的確なヒヤリングや改善策の提案が可能になります。
災害の背景にある人間の行動特性に注目することで、これまでは把握できなかった新たなリスクも発見でき、労働災害の軽減につながることが期待されます。
まとめ
近年、企業や行政によるDX推進が本格化しはじめ、AIもさまざまな分野で導入が進んでいます。
事故やミスの未然防止にもAIが活用されており、安全教育や注意喚起、本人の危機意識の醸成だけでは防ぐことが困難であった類のヒューマンエラーを減らすことができると期待されています。
小さなミスやヒヤリハットを本人だけの責任として片付けず、AIがさまざまな角度から分析することで、さらなる重大な事故を未然に防ぐことができます。
メンタルヘルスや体調不良、業務過多、職場の人間関係の悪化など、ヒューマンエラーが起こってしまった背景もAIによって分析できれば、より良い職場環境、そしてより良い人生の構築につながるかもしれません。
参考文献
*1
出所)厚生労働省 職場のあんぜんサイト「安全衛生キーワード ヒューマンエラー」
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo62_1.html
*2
出所)厚生労働省「生産性&効率アップ必勝マニュアル」p.2
https://www.mhlw.go.jp/content/000962924.pdf
*3
出所)国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター「交通事故の原因は?予防は可能か?」
https://www.ncgg.go.jp/ri/lab/cgss/department/gerontology/gold/about/
*4
出所)厚生労働省 職場のあんぜんサイト「安全衛生キーワード フールプルーフ」
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo39_1.html
*5
出所)日本信号「Q6.フェールセーフとはどんな考え方ですか?」
https://www.signal.co.jp/products/railway/faq/faq06/
*6
出所)国土交通省「『輸送DX』 による健康管理向上と 事故防止の取り組みについて」p.11,p.12,p.13,p.22,p.23,p.26
https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03safety/resourse/data/seminar2022_004.pdf
*7
出所)厚生労働省「保健医療分野におけるAI開発の方向性について」p.4,p.6
https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000337597.pdf
*8
出所)薬読「【AIでヒヤリハット評価~今年度から試行的導入」
https://yakuyomi.jp/industry_news/20230512a/
*9
出所)建設業労働災害防止協会「建災防方式「新ヒヤリハット報告」のすすめ」表紙,p.2
https://www.kensaibou.or.jp/safe_tech/leaflet/files/pamphlet_shin_hiyarihatto_2205.pdf
*10
出所)建設業労働災害防止協会「「新ヒヤリハット報告」のデジタル化と安全衛生管理DX」p.27
https://www.kensaibou.or.jp/safe_tech/leaflet/files/0527_CSPI-EXPO.pdf
石上 文
広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。