私がものづくりをやめられない最大の理由は、「ワイガヤ」にある

以前も楽器演奏の話題をここで記事にしましたが、筆者はライター業の傍らで、楽器演奏をしています。サックスを吹いています。

そして先日、プロミュージシャンからレコーディングの手伝いをしてほしいというお話がありました。歌にサックスの間奏が必要ということでした。

レコーディングは、歌あるいは主旋律だけで1曲に3時間ほどかかるものですが、バンドも含めた曲全体を収録するとなると一日仕事です。とはいえ筆者の出番は間奏だけなので短時間で済みますし、それさえ終われば帰宅しても良かったのですが、待ち時間にDVDを見たり話したりしているうちに、終電間際までその場にいてしまいました。なぜなら、その空間には、筆者がものづくりをやめられない最大の理由が詰まっていたからです。

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レコーディングとはこのように進められている

あまり知られていないことかもしれませんが、CDなどのレコーディングは「一発録り」でない限り、おおむねこのような手順です。

まずドラムやパーカッションなどの音が入ります。続いてベースの収録、次いでギターやキーボード、最後に歌あるいは主旋律の録音と言った具合で音源データを重ねていきます。

その日は昼過ぎに集合しました。ドラムの音はすでにできていたので、準備を終えたらまずベースの収録開始です。ここはさすが往年のプロミュージシャンだけあって、比較的早く終了しました。次にギターの収録、といったふうに作業は進んでいきます。

さて、場所はメンバーの自宅です。
プロミュージシャンの中には、自宅に収録スタジオとなる部屋を構えている人は少なくありません。
毎回本格的なスタジオを借りていたのでは、お金がかかってキリがないからです。
そこで部屋に防音を施し、可能な限り自宅で収録してしまおうという考え方です。

そして、プロといえども、収録は一発OKというのはまずないことでしょう。

というのは、どれだけ慣れていても誰にでもミスはあるというのはそうですが、いざ他の楽器と音を合わせてみたらイメージと違った、ということも多々あるからです。
それを、その場で修正しながら作業は進んでいくのです。

汗臭いサウナ状態のなかで

筆者の出番は曲全体の中で言えば、ごくわずかです。
しかしこの話をいただいたとき喜んで出かけて行ったのは、やはりプロミュージシャンと一緒に「ものづくり」をできるというありがたい機会だったからです。

ベース、ギターの収録を待つ時間は長いものでしたが、スタジオの隣の部屋でDVDを見たり収録を終えた人と雑談したりと、楽しい時間でした。
狭い部屋なので全員が一緒には入れません。よって、誰かがスタジオ部屋から出てくるたびに雑談をする時間はまた楽しいものでした。

そして、筆者を除けば参加者は全員男性。

休憩を取りにきた人が「野郎ばっかりの熱気でサウナだよ」そう愚痴をこぼす時間さえ、筆者には新鮮なものでした。

メンバーが代わる代わる筆者の待っている部屋に入ってきます。
その度に進捗状況を聞いたり、待っている隣の部屋ではメンバーが一服したりお茶を飲んだり。「換気しないとこのサウナはきつい」といって休憩をとったり。

それが、筆者にとってはワクワクの場所だったのです。

そして「次はサックスを録ろうか〜」となりました。
しかし実は、筆者としては少し残念な部分がありました。

というのは、やはり歌を聞いてから間奏を入れたかったのです。サックスというのは不思議な楽器で、同じ楽器を使っていても息遣い一つで柔らかい音、硬い音を出せるのです。どんな楽器もひとつのもので様々な雰囲気の音は出せますが、管楽器はより露骨だと筆者は思っています。
そこで、どんなテイストの音が良いのか作曲者に相談しつつ、それまでに漏れ聞こえていた雰囲気を自分なりに感じ、音を出していきました。

録音の順番については、他のミュージシャンたちも考えは一緒だったのですが、ここはとある集合住宅の一角。
全く外に音漏れしないというわけにはいきません。特にサックスは元々の音が弦楽器とは比べ物にならないくらい大きい楽器ということもあり、明るいうちに、ということで順番がやってきました。その間、隣の部屋ではボーカリストが最終調整をしている声が聞こえていたので、参考にしながら吹いていきました。

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帰ってもいいのに帰りたくなかった理由

さて、基本的に、筆者の場合は自分の録音だけ終われば「時間をみて帰っていい」ということになっていました。
決して自宅から近い場所とは言えませんでしたし、筆者もその前の数日間がハードスケジュールで疲れてはいましたし、できればそうしようと思っていたのですが、しかし現場に来てみると気持ちは変わるものです。

「ボーカルが入った全体を聞いてみたい」

そんな思いが強くなっていたのです。自分が関わったものが、どのように出来上がっていくのか、その工程を見守りたい気持ちでいっぱいになっていました。

そして、筆者はサックスを始めてそう長いわけではありませんが、その現場に「年齢差」「楽器歴」は関係なかったのです。
ただ、真剣に音楽をやる人間どうしが集まり、より良いものを作ろうと「ワイガヤ」をやっている、その空間に少しでも長く滞在していたいとも思いました。

隣から聞こえてくるボーカリストの歌を聞きながら「時間が経ってだんだん良くなってきたね」「歌い方を教えている◯◯さんも楽しそうだね」そんな雑談をしているのもひたすら楽しかったのです。

「ワイガヤ」=「ワイワイガヤガヤ」の略です。大手自動車メーカーでも使われている言葉なのですが、みんなでああでもないこうでもない、といいながらひとつのものを作っていく。
年齢や経歴の垣根を超え、ただ「できるだけいいものを作りたい」という思いだけで集まった人間どうしが、ひたすら「より良いもの」だけを目指して繰り広げる会話の数々。

自分の収録を終えてお酒が入っていたこともあり、この人たちはこうやって録音作業を続けてきたのか、という関心と、またいつでも参加したい、というテンションが筆者を満たしていました。

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缶ビールを握りしめて駅を走る!

さて、実際はボーカル収録に想定以上に時間がかかり、筆者も時計を気にする時間になってしまいました。ただ、今回は仮収録とはいえ、なんとか「全員の音」が集合したものを聞いてみたい、その希望は叶いました。

この曲に自分の音がこんな風に活きているんだ、その喜びは大きなものです。出番の多い少ないに関係なく、ひとつのものの中に自分の音が存在している喜びを知ったはじめての経験といってもいいでしょう。
作曲者。何人もの演奏者。それぞれ得手不得手は違うけれど、ワンチームになったときにどんなものができあがるのか。その「化学反応」にワクワクしていたのです。

そして、気がつけば終電間際。同じ電車に乗る先輩と慌てて終電を目指しながらも、

「ちょっと一杯ほしいでしょ?」

と言われ、コンビニで慌ててお酒を買ってもらいました。
選んではいられません。

「とりあえずビール棚で握ったやつ持っておいで!」

それを握りしめて、息を切らしながらもなんとか終電に滑り込んだのもまた良い思い出です。

筆者は基本的にお酒が大好きです。とはいえ普段、電車の中でお酒を飲む人を見て「もうちょっと我慢すれば良いのに」と思っていました。
しかしこの日、電車の中で口にしたビールの味は格別でした。

そして電車の中で、また「ワイガヤ」が始まるのです。この場所では年齢やキャリアは関係ないんだと知った筆者は、大先輩を相手にしながらも思ったこと、やりたいことを素直に話しました。

実はこの日、筆者が少しずつ書いていた曲をアレンジしてくれるメンバーとも、深い話ができました。電話では伝わりにくい、顔を合わせなければ共有できない「ニュアンス」のことも細かく話し合えたことも大きな収穫です。

「ここはズズッタズズズズ、のリズムのイメージです。でもピアノはジャンジャジャンジャジャンジャジャンジャジャンジャスタッタスタッタ、そしてボンゴのポコポコ、ビヨーンですねえ。」

知らない人が聞けば何を言っているのかわからないことでしょう。しかし、これは文字では伝わりません。

なにより、相手が自分より年上であろうとキャリアが長かろうと「ワンチーム」であるという醍醐味は、永遠に筆者を捉え続けることでしょう。

ちなみに筆者が選ばずに握りしめたビールは「横浜エール」でした。飲み終わった時に気づきました。

こうして思い入れのあるお酒がまたひとつ増えました。次はどんなビールを握りしめるかが楽しみです。

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。 取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。