
2023年8月21日 09:00
AIは人の仕事を奪う敵? 老舗洋菓子メーカーが見つけたAIとの「いい関係」
ロボットやAIは人間の仕事を奪う敵? いえ、人間から学ぶAI職人がいるのです
ロボットやAIが普及すると、職人の仕事はどうなるのか?必要なくなってしまうのか?よく話題にのぼることです。
しかし筆者は、「AIと人間がともに高め合う」社会が来て欲しいと願っています。
それが具体的にどのような世界か言い表すのは難しかったのですが、まさに「AIと人間がともに高め合う」世界を見せてくれる事例がありましたので、ここでご紹介したいと思います。
舞台は、老舗の有名洋菓子店です。
「一人前になるには10年」という世界にAI登場
フードトラックに乗せられたAIロボットが、目の前でバウムクーヘンを焼き上げ、お客さんは焼きたてを口にできる。あるいは、予約した時間に合わせて焼き立てを作ってくれて買うことができる。
そんなことをAIを使って可能にしたのが、老舗洋菓子店「ユーハイム」です。
バウムクーヘンを焼き上げるAIオーブン「THEO(テオ)」は5年がかりで開発された「AI職人」で、世界初のバウムクーヘン専用AIオーブンです*1。
職人の生地の焼き具合を、バウムクーヘンの層ごとに画像センサーで解析することで、その技術を AI に機械学習させてデータ化し、無人で職人と同等レベルのバウムクーヘンを焼きあげることができるというものです。
ユーハイムのAIオーブン「THEO」
(出所:「バウムクーヘン専用AIオーブン「THEO」 期間限定「できたてバウムクーヘン」を予約販売」PR TIMES)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000058.000034027.html
ユーハイムといえば、1909年創業の老舗洋菓子店です。
そしてバウムクーヘンを焼き上げるのは、一人前になるまで10年はかかるといわれる職人技ですが、なぜAIという手法を導入したのでしょうか。
もちろん、職人たちの反発がなかったわけではありません。
一番苦労したのは、専用機器の開発ではなく、職人たちの理解と協力を得ることだったという。社内に約200人いる職人たちは長年、先輩の背中を見て技を習得してきた。100年前から形やレシピこそ変わらないものの、職人の"勘"で焼き方や材料の配合を変えることで、味を磨き続けてきた自負がある。自分たちの経験に勝る技術はないというのが職人たちの主張だった。
<引用:「「AIオーブン」が作る極上バウムクーヘン 老舗が職人技をデータ化」日経クロストレンド>
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00548/00003/
しかし、会社側は様々なことを考えていました。
「地球の裏側にお菓子を届けるため」
まず、売れ残りや賞味期限切れによる食品の廃棄という社会問題があります。とはいえ、一方で食品の廃棄削減を見越して生産数を減らしてしまうと、「欲しかったのに買えない」購入者が出てきてしまいます。
このジレンマを解消するのがTHEO開発の第一の目的です。AIならば遠隔操作で注文情報を即反映し、自動的に必要な数を無駄なく焼き上げることができます。
そして、もっと深い思いもありました。
「地球の裏側の子供たちにもお菓子を食べてもらいたい」という理念です。
実際、それを実現したくても、職人や材料の確保はそう簡単ではありません。10年かかるという技術の伝承も難しいものです。
また、日本国内でも地域の食材を使ったバウムクーヘンを作ることで、食材の「地産地消」を可能にできるという考えもあります。
実際、広島県の三次市では、現地で採れた米粉100%のバウムクーヘンを販売するという取り組みもあります*2。
「THEOがおこす7つのおいしい革命」
(出所:「@THEO」ユーハイム)
https://theo-foodtechers.com/about
※途中にある「THEOがおこす7つのおいしい革命」をクリックするとこの図が出ます。
いずれの理念も、職人を育てて各地に派遣する、というのは手間のかかることです。そこにAIロボットを導入することで、「技術だけ」を全世界に届けることができるのです。職人技を持たなくても、オペレーターがいれば全世界でバウムクーヘンを焼き上げられるというわけです。
また、ユーハイムは2020年3月に、菓子製造工程に添加物を使わないように、材料メーカーと共に加工材料から添加物の排除を実践する「純正自然宣言」を行いました*3。
そのためには新しい技術が必要になっていきます。
これらの事情が相まって生まれたのがTHEOです。
THEOは「修行に出る」ことで職人から学ぶ
しかし職人技が経験につれ磨かれるように、THEOもまた「技を磨き続ける」存在でなければなりません。
そのため、ユーハイムはTHEOを各地に「修行の旅」に出し、様々な職人からデータを得て常においしさを追求する、というように運用されます。
実際、2021年にはTHEOはロンドンに派遣されました*4。職人と同等レベルのバウムクーヘンを焼くことができる技術を再現するためです。
AIとはいえ、データが更新されなければその実力を発揮することはできません。そこで各地の職人の技を学習し続けなければなりません。そのためには、職人も進化していく必要があるのです。THEOが各地で学習してきたことを職人が吸収し、そして職人が進化させた技をTHEOに教えていく、そのループでバウムクーヘンの徹底追求を止めないという形です。
職人とAIが互いに技術を高め合う、という姿がそこにはあります。
職人の成長加速のために
また、岩手県では伝統工芸品である南部鉄器をつくる企業が、ベテラン職人の思考を再現するAIの開発を進めています*5。
もちろん、これによって誰でも明日から職人技を発揮できる、というわけではありません。
しかしこの企業では、AIを「ノウハウのアーカイブ」と考えています。また、若手が必要な知識を早期に学び、熟練者に一から十まで頼ることなく自主的に学んでいけるという点にも注目しているのです。
「弟子は師匠の背中を見て育て」という考え自体は、筆者は個人的には嫌いではありません。
しかし、AIが持つ情報は「過去の職人たちの苦労の数々」でもあるのです。これまではそのような記録を残す場所はありませんでしたが、AIは分厚い教科書を作ることができる、とも言えます。
自分が積み上げてきた技術を、そう簡単に身につけられては困るー。
AIに関してはそのような複雑な思いを持つ職人さんは少なくはないことでしょうが、技術を伝承する人がいなくなってしまっては、職人の訓練の積み上げはもったいないものになってしまいます。
伝統や技術を残す、そしてここでご紹介したユーハイムの「地球の裏側にも美味しいお菓子を届ける」という大きな視点に立てば、AIと職人技の良い関係が見えてくるはずです。
参考文献
*1 「AIオーブン」が作る極上バウムクーヘン 老舗が職人技をデータ化」日経クロストレンド
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00548/00003/
※無料で読める範囲にあります
*2 「広島県三次市の自然の恵みで作る地産スイーツ!AIオーブン「THEO(テオ)」初の米粉バウムクーヘン発売」PR TIMES
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000019.000087212.html
*3 「職人のためのフードテック 世界初のバウムクーヘン専用AIオーブン『THEO(テオ)』誕生」ユーハイム
https://www.juchheim.co.jp/2391
*4 「AI バウムクーヘン職人『THEO(テオ)』 ロンドンへ派遣!」ユーハイム
https://theo-foodtechers.com/wp/wp-content/uploads/2021/11/release_1110.pdfp1-2
*5 「南部鉄器職人の思考をAIで再現 後世への技能伝承を高速化」日経クロステック
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01880/121300005/
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01880/121300005/?P=2

清水 沙矢香
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。 取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。