ものづくりとマーケティングの話 -- 価値を生み出し届けるためにすべきこと。

「ものづくりをするなら、もっとマーケティングに力を入れるべきです」

といわれたら、どう感じるでしょうか。

"ものづくり"には、どこか良心的で清貧なイメージがあります。

一方、"マーケティング"には商業的なにおいがあり、「苦手、やりたくない」という方も、少なくありません。

しかしながら、「両者の本質は同じである」と筆者は考えています。

今回は、ものづくりとマーケティングをテーマに、具体的な取り組みも含めて、考えていきたいと思います。

ものづくりとマーケティングは同じ?

「ものづくりとマーケティングの本質は同じ」とは、どういうことでしょうか。それぞれの定義から、紐解いていきましょう。

ものづくりとは?

「ものづくり」という言葉を見かける機会は、多くあります。

職人やアーティストが手作業で作品を作る工程から、工業製品や消費財まで、どちらかといえば好意的な文脈で使われることの多い語です。

ここでは、日本学術会議による定義を、ご紹介しましょう。

「ものづくり」の定義:
人間社会の利便性向上を目的に人工的に「もの」(形のある物体および形のないソフトウェアとの結合を含む)を発想・設計・製造・使用・廃棄・回収・再利用する一連のプロセスおよびその組織的活動であり、結果が社会・経済価値の増加に寄与できるとともに、人間・自然環境に及ぼす影響を最小化できること。

*1

ごくシンプルにいえば、

〈私たちの社会がよくなるために「もの」を作り、価値をもたらすこと〉

が"ものづくり"であると解釈できます。

単なる生産や製造ではなく、「もの」を受け取る人や社会、自然環境に対して「価値」を届けることが、ものづくりにおいて重要な意味を持っています。

※補足:「ものづくり」は、漢字やカタカナを交えてさまざまな表記が存在します。本記事では、日本学術会議や内閣府・経済産業省の表記に倣い「ものづくり」に統一しています。

マーケティングとは?

一方、マーケティングには、どのようなイメージをお持ちでしょうか。

前述の「ものづくり」と違うのは、「マーケティング」は、批判的な文脈で使われるシーンも少なくないことです。

「狙ったターゲットに刺さる広告宣伝で、策略的に売り込む、商業的なテクニック」

というニュアンスを感じる方もいるかもしれません。

しかしながら、マーケティングの神様と称されるフィリップ・コトラーは、著書で以下のとおり述べています。

マーケティングの目的は、優れたソリューションを提供し、購買者が製品の探索や取引に費やす時間や労力を省き、社会全体の生活水準を向上させることによって、価値を生み出すことにある。
(中略)
マーケターがめざすべきは、顧客と長期にわたる互恵的関係を築くことであって、たんに製品を売ることではない。

*2

じっくり読んでいただくと、「あれ?」と思われるのではないでしょうか。

先ほどご紹介した「ものづくり」の定義と、本質的にはよく似ています。

「本来のマーケティングとは何か?」と立ち返って考えるのであれば、

〈マーケティングとは、ものづくりである〉

という定義さえ、成り立つのです。

ものづくりに通じるマーケティングのフレームワーク

「ものづくり=マーケティング」という前提に立ってマーケティングを眺めてみると、新しい発見があります。

じつは、マーケティングのプロセスは、良質なものづくりのプロセスとしても機能するのです。

2つのフレームワークをご紹介しましょう。

(1)STP

STPは、製品やサービスを開発する際に、セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングの3ステップで設計していくフレームワークです。

・セグメンテーション (Segmentation)
市場(=顧客の集まり)を細分化し、似た特徴やニーズを持つグループ(セグメント)に分けます。

・ターゲティング (Targeting)
細分化したセグメントの中から、自分たちの顧客として、誰を想定するか決めます。

・ポジショニング (Positioning)
製品・サービスの立ち位置を決めます。ほかの類似品と何が違うのか、自分たちは何をして・何をしないのかを明確化する基準となります。

(2)4C

4Cは、「4つのC(顧客価値・コスト・利便性・コミュニケーション)」の観点から、製品やサービスを洗練させていくことを目指すフレームワークです。

前述のSTPに続くステップで、ポジショニングをより具体化していくとき、活用度の高い手法です。

・顧客価値(Customer Value)
顧客価値は、顧客に対してどのような価値を提供するのかを表す概念です。どのようなニーズを充足し、どのような体験・感情・便益・影響をもたらすのか、検討します。

・コスト(Cost)
コストは、顧客が支払う購入価格の設定のほか、時間や労力などの非金銭的なコストも含みます。コストと価値のバランスを取ることが重要です。

・利便性(Convenience)
利便性には製品・サービスの購入のしやすさや情報のアクセシビリティなどが含まれます。たとえば、オンラインとオフラインの垣根を取り払うことや、注文プロセスの簡略化など、顧客に「便利だ」と思ってもらうための改善を実施します。

・コミュニケーション(Communication)
顧客とのコミュニケーションを通じて、長期的な関係の構築を目指します。顧客に製品やサービスの価値を適切に伝えることや、顧客の声を聞くこと、信頼され強い絆を作るための取り組みが、含まれます。

いま注目したい手法「ストーリーテリング」

マーケティングの手法は、ほかにも数多く存在しますが、いま、ものづくりと絡めるなら注目したいのは「ストーリーテリング」です。

ストーリーテリングとは?

ストーリーテリングとは、「物語」を通じて製品やサービスの価値を伝える手法で、近年のマーケティングトレンドにもなっています。

私たちは古来より、物語を通じて情報を伝達し、感情を共有し、コミュニケーションを図ってきました。

ストーリーテリングでは、人間の根本的な心理に訴える力を利用して、顧客の心深くにメッセージを届けられます。

たとえば、テレビ番組『情熱大陸』や『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見て、心を動かされた経験があるかもしれません。

これも「物語の力である」といえるでしょう。

情熱大陸のように伝える

ものづくりの裏側には、かならず物語があります。

自分では気づきにくいことですが、その物語こそ、人々が強く興味を惹かれるトピックであり、最も聞かせてほしい話なのです。

【物語の例】

・製品が生まれた背景にある情熱
・技術を習得するまでの苦労
・素材へのこだわり
・環境へ配慮する思い
・社会に対する考え
・創業者やスタッフの人生ヒストリー

ものづくりに携わる人たちに共通していえるのは、

「すばらしいものを作っているのに、語っていない人が多すぎる」

ということです。

ものづくりの工程を動画で公開する

「語るといっても、どこから着手していいか、わからない」

という方におすすめなのは、ものづくりの工程を動画で公開することです。

当事者にとっては、「わざわざ、こんなところを人様に見せても仕方ない」と思うような裏側に、人は感動するのです。

ある「もの」の構想が生まれ、試行錯誤が繰り返され、ていねいで真摯なプロセスを経て、ようやく完成していくさまこそ、ひとつの物語です。

まずは、"普段の仕事"に、密着カメラを回すところから、始めてみてください。

さいごに

ある一冊の本がベストセラーとなり、作り手たちのお祝いパーティに参加したことがあります。

作り手たちは、自分たちの読者が誰なのかを明確に知ったうえで、その苦悩に寄り添い、一人ひとりの顔を思い浮かべながら、本を編み上げました。

広告費をかけた宣伝プロモーションは行わず、ただただ、真摯にその本の背景にある思いを語り続けました。

SNSでのコミュニケーションを展開し、オフラインのイベントで全国を回りながら、必要な人の手に届きやすくする活動を行いました。

お祝いパーティで、代表者が、

「自分は、マーケティングみたいな小手先のこと、好きではないんです。頭もよくありませんから。マーケティングは、一切、行いませんでした」

とあいさつしていました。

私は、内心、

「あなたが行ったことこそ、真のマーケティングです」

と、思いながら聞いていました。

いえ、"マーケティング"でも"ものづくり"でも、表面上の定義は些末なことかもしれません。

誰かの幸せを通じて、社会全体がよくなるようにと念じながら、「もの」と向き合っていきたいと思います。



<資料一覧>

*1

出所)日本学術会議 機械工学委員会 生産科学分科会「21世紀ものづくり科学のあり方について」p.3

https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-h64-2.pdf#page=9


*2

出所)フィリップ・コトラー『コトラーのマーケティング・コンセプト』Kindle の位置No.88-90

三島 つむぎ

ベンチャー企業でマーケティングや組織づくりに従事。商品開発やブランド立ち上げなどの経験を活かしてライターとしても活動中。