上司と部下のすれ違いを防止しよう 職場のコミュニケーションと相互理解はどうすればよい?

お互い悪気がないのに上司と部下がすれ違ってしまい、どちらも嫌な思いをしたり仕事のやりにくさを感じたりする、というのはよくあることです。

それは、もったいないことでもあります。

こうした事態を避けるためには「コミュニケーション」と「相互理解」が欠かせませんが、具体的にどうして良いかわからない、ということもあるでしょう。

ここでは、海外の工場で起きた出来事を紹介してみたいと思います。ぜひ参考にしてください。

上司が変わったら、退社を考えるまでになってしまった部下

世界で総収入ランキング100位に入る企業は「フォーチュン100」と呼ばれています。
その「フォーチュン100」に名を連ねている企業での出来事です。*1

製造現場で働くスティーブは意欲的かつ上司からの評判も良く、業績も高く評価されていた人物でした。会社はそんなスティーブを工場の将来をかけた新しい製造ラインの責任者に抜てきします。
そして、ジェフがスティーブの新しい上司になったのですが、そこからスティーブの様子は変わり始めてしまうのです。

「報告書」から始まったすれ違い

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上司ジェフは、品質管理で深刻な不良品が出ると、分析結果を報告書に簡潔にまとめるよう、たびたびスティーブに求めていました。

これは、そう特別な指示ではないと感じることでしょう。
しかし、これがきっかけで2人の関係はどんどん悪化していくのです。

上司ジェフとしては情報を集めてスティーブと一緒に新しい製造プロセスへの理解を深めたい、そしてスティーブに品質問題の根本原因を体系的に分析する習慣をつけてほしいという2つの目的がありました。

一方でスティーブはこのように感じてしまっていたのです。

ジェフの狙いに気づかないスティーブは、割り切れない思いだった。自分はわかっているし監視も怠っていないのに、なぜわざわざ報告書を提出しなければならないのかと首をひねった。時間がないうえに、上司が要らぬ口出しをしてきたと思ったため、スティーブは報告書の作成にあまり身を入れなかった。
<引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2012年12月号 p124>

ここでただ一つ足りなかったのは、上司ジェフが「何のために報告書を作成するのか」をしっかり伝えていなかったことです。「たったそれだけのことで?」と思うかもしれませんが、報告書をきっかけに2人の間に生じた亀裂は、どんどん大きなものになっていきます。

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相互不信のスパイラル

上司ジェフの指示に対して気が乗らないスティーブの報告書は遅れがちで、内容も中途半端なものになってしまいました。すると上司ジェフは、スティーブを意欲ある人材ではないと思うようになってしまいます。不信感が芽生えたといえます。

するとスティーブも、次第に上司ジェフを避けるようになっていきました。

さらにその様子を見た上司ジェフは、今度はスティーブの一挙手一投足にまで目を光らせるようになりました。不信感を大きなものにしてしまったのでしょう。

このようにして相互不信はどんどん大きなものになってしまい、スティーブはついに退社したいとまで思うようになってしまったのです。

「50音順に電話して」筆者もヒヤリ

この話を聞いて、筆者もすこしヒヤリとしました。かつて新入社員の後輩に対して、筆者としては重要なことと思いつつもその意図を示さないまま「なぜ?」と思われるような仕事をさせてしまったことがあります。

それは、ある出来事について取材に応じてくれる会社を探すプロセスでのことでした。新入社員だった彼は、まずインターネット検索から始めようとします。
しかし筆者は、地元の組合の名簿を印刷し、それを手渡して50音順に一軒ずつ電話をするように指示しました。あえて遠回りな方法を取らせたのです。

筆者としては情報を地道に足で稼ぐことの必要性と、ネットの情報が全てではない、ということを教えたいという意味を込めていました。情報を集める記者の仕事は、インターネット上に最短距離や最適解があるわけではないからです。

しかしこれは、今考えると彼をスティーブのようにしてしまう可能性があるやり方です。

幸い、彼の場合は数年後に社内でばったり会った時に「あのとき清水さん(筆者)が色々なことをやらせてくれたのが、いますごく勉強になってます」と言われて胸を撫で下ろしたものです。

新入社員の彼の身に立てば、インターネットをあえて使わせない、なぜ?パワハラか?と思ってもおかしくはなかったでしょう。最初から「ネットに頼らない情報収集を学んでほしい」と伝えておくべきでした。

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ミシュランが抱いた危機感とその解消

さて、上司と部下のすれ違いについて、別の事例をご紹介しましょう。

フランスの大手タイヤメーカー・ミシュランでの出来事です。
2010年ごろ、ミシュランには大きな危機が訪れていました。

工場のリーダー層から「現場の自主性や創造性を削いでいる」と懸念の声が上がるようになった。創業者の一人エドゥアール・ミシュランが掲げた「業務内容に精通しているはずの担当者に責任を担わせるのが原則だ」という自社の価値観と相容れないようにも思われた。当時の人事責任者ジャン=ミシェル・ギロンは同僚に、「我々は魂を失いつつあるのだろうか」と語ったという。
<引用:ハーバード・ビジネス・レビュー2021年3月号 p52>

ミシュランは2000年代半ばから生産性向上のため、業務やツールを標準化する取り組みを始めていました。
しかしその結果、現場から主体性や創造性が失われるだけでなく、利益も減少していたのです。*2

そこでミシュランでは、工場のリーダーやメンバーにどうすれば積極性を持たせることができるかが議論されました。
そこで見出した方法と結果は、以下のようなものでした。

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「知らなかった」ということを知らなかった

ひとつの工場のリーダーであるデュプランは、まずメンバーに対してこのような声をかけてみました。

「わたしが今日する仕事のうち、あなたがたが明日から肩代わりできるのはどれだろうか」
<引用:ハーバード・ビジネス・レビュー2021年3月号 p54>

確かに、部下は上司が日頃何をしているのか想像もつかないということはしばしばあります。

この工場のメンバーたちも例外ではありませんでした。

工員たちは、デュプランが毎朝、機械の点検と報告のために自分たちの持ち場に立ち寄った後に何をしているのか、まったく知らなかった(「カフェで暇を潰すのでしょう」と言う者さえいた)。デュプランは、「自分もみんなの業務を具体的に知っているわけではない」と気づいた。
<引用:ハーバード・ビジネス・レビュー2021年3月号 p54-55>

上司にあたる方からすれば、衝撃的な反応かもしれません。しかしこの質問によってデュプランは、「お互いが何をしているか、お互いに知らなかった」という事実に気づいたのです。

みなさんの会社でも、よくあることかもしれません。
これは大きな気づきなのです。

そこでデュプランとメンバーは、このような時間を設けることで申し合わせをしました。チームのメンバーの主体性を上げるために、メンバーに譲れる仕事は譲ろうという取り組みです。

リーダーのデュプランが工場で2〜3回シフトに入り、チームと一緒に仕事をする。その後に各シフトから1人ずつ合計3人の部下が1週間、デュプランに付いて回り、どんな仕事であればメンバーに任せられるか、そうでないかを共に探ることにしたのです。

メンバーにしか分からない事情を主体的に反映

その結果、まずメンバーに任せることにした最初の仕事はシフトの作成です。するとメンバーは、メンバーでないと分からないこと、例えば勤続年数の長い職員を夜勤から外して昼間勤務に当てることなどを決めていきました。そして、生産計画もメンバーに任せられることになりました。

また、他の工場では、メンバーは責任が増すほどさまざまな情報を欲しがるようになったといいます。
非常に基本的なことですが、工場のメンバーはそれまで、自分たちがつくるタイヤがどこに出荷されるのかやコストについて全く知らなかったのです。しかしこれらの情報をメンバーに与えていき、メンバーが工場長なみの知識を持つようにもなりました。

こうした取り組みが功を奏したのか、2016年末には生産性を10%アップさせたという工場も現れました。*3

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「なぜこれをやるのか」を共有しよう

最初に紹介したスティーブの事例も、ミシュランの事例も、「情報の共有」が鍵になっていると筆者は考えます。

一見すると面倒で遠回りな仕事でも、そこに何の意味がこもっているのかが分かれば部下も頑張る気持ちになることでしょう。しかし、それが分からなければ「なぜ?」となってしまい、職場に不満を持ってしまいます。

上司は部下の仕事を経験してきているから、つい説明を忘れがちだということもあります。部下の側からも「言われたからやる」だけでなく、上司の考えを共有したいと求めることは重要なことなのです。

もちろん、すべての情報を開示する・させることは難しいでしょうが、せめて同じ方向を見ながら仕事をできているという実感があるだけで、やる気は全く違うでしょう。
上司・部下がお互い何を考えているのかわからない状況では、どんなすれ違いが起きるかわかりません。場合によっては修復不可能になってしまうこともあります。

日々をやりがいのあるものにするためにも、目的意識をきちんと周囲と共有しながら仕事を続けていきたいものです。


*1「ハーバード・ビジネス・レビュー」2021年12月号 p124-125
*2「ハーバード・ビジネス・レビュー」2021年3月号 p52
*3「ハーバード・ビジネス・レビュー」2021年3月号 p59

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。 取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。