その道具は30年の宝物 -- 布に大事に包まれた左官職人のコテの話。

一流の仕事をする人ほど、「道具」を大切にしている。
そう考えるようになったのは、ある左官職人さんとの出会いがきっかけでした。

彼の言葉が、忘れられません。
----「汚れたコテを手入れするのは、自分を磨くようなもの。」

この記事では、左官職人さんとのエピソードを通じて、"私たちが日常的に使う仕事道具"との向き合い方を、考えていきたいと思います。

漆喰外壁の現場、美しく情緒的な左官職人の手。

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筆者はかつて建設業界ではたらいていました。基本は内勤でしたが、人手不足のときには、現場監督補助として、建築現場へ行くこともありました。

ある時期に通っていたのは、複数区画の分譲戸建の現場です。玄関脇に"漆喰の外壁"があるのが特徴的でした。

左官職人による、ダイナミックな塗りっぱなしの仕上げは、別の現場でも、好評を博したものです。シリーズの同じ建売であっても、漆喰の壁の表情は、一軒ずつ違います。

漆喰は、コテ(鏝)を使って、壁面に塗り込んでいきます。漆喰の壁を仕上げる左官職人の様子は、とても美しく、情緒的に感じました。

左官職人は右手にコテを持ち、左手には漆喰を乗せたコテ板を持って、壁面の前に立ちます。

コテを持った右手首のスナップを利かせ、漆喰をすくい、壁面に塗りつけます。

コテを一定方向に向かって斜めに傾けながら塗り込み、ときには厚みを整え、ときには削り、漆喰の層を創り上げていきます。

リズミカルに、力強く、それでいて繊細に。コテひとつで壁に絵を描くような自由さは、何度見ても、ワクワクするものでした。

彼らの手仕事によって生み出された壁は、その住宅に「人間性」を与えるようです。雰囲気を一変させ、唯一無二の存在へと変えていきます。

汚れたコテを手入れするのは、自分を磨くようなもの。

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ある日、顔なじみの左官職人さんと、現場での仕事終わりが一緒になりました。

漆喰を塗る際に使用するコテは、そのままにしておくと漆喰が固まってしまうため、すぐに手入れが必要です。

筆者が現場を掃き掃除しながら、左官職人さんのほうへ行くと、コテに付着している漆喰を、ていねいに取り除いている最中でした。

水で濡らしながら、表面をブラシで優しくこすり、白い布で水分を拭き取ると、銀色に光る刃が現れます。

「きれいですねえ......」
無意識に言葉が漏れると、職人さんは照れたように少し笑い、
「もう30年、使っているんだけどね」
と言います。

「えっ。30年、ですか?」
「うん。こいつがなければ、仕事にならないからね。自分の手とおんなじだ」

言葉が出ませんでした。目を細めてコテを見つめるたたずまいの後ろに、30年の歴史が見える気がしたからです。

職人さんはコテに油を塗りながら、こんな話をしてくれました。

「汚れたコテを手入れするのは、自分を磨くようなものなんだよ。
汚れたままにしておいたら、自分も汚れたままになる。
錆びたままにしたら、自分も錆びたままになる。
いつでも最高の状態で使用できるように磨いたら、自分もそうなる」

手入れを終えたコテを、柔らかそうな布に包みます。

「自分の道具は、世界にひとつしかない宝物でしょう。
どんだけ金つまれても売りたくないねえ。
ここに、自分の仕事が、詰まっているからさ」

宝物から生まれる、仕事の価値

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心底、愛おしそうにコテを扱う職人さんの姿を見ていると、なぜこの人の塗った壁に、歓声が上がるのかわかった気がしました。

「アートみたい!」
「とても、温かい感じがする......」
「空間の感じが、すごくいい!」

施工主や内覧者を完成した壁へ案内すると、きまっていつも、高揚感が伝わってくるのです。

「こんなにも、仕事と真剣に向き合い続けてきた人の生み出す仕事だから、人の心を動かすのだ」
と、腑に落ちた気持ちでした。

そしてまた、歓声を上げた人たちの手にわたった壁は、家族の人生を彩る住まいの一部として、長く生き続けます。

太陽の光があたればきらめき、雨上がりにはしっとりとした表情が表れ、大切な思い出の中に宿り続けるでしょう。

宝物から生み出された仕事が、また誰かの宝物になる。

そんな循環を感じたとき、鏡面のように磨き上げられたコテが生み出す仕事の偉大さを、実感したのです。

道具には、技術と魂が宿る。

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あれから長い年月が経ち、さまざまな道具を使う、さまざまな人たちと仕事をしてきました。

手仕事の道具を使う人もいれば、機械や、デジタルの道具を使う人もいます。

仕事道具との向き合い方

どんな道具であれ、
「仕事道具と、どう向き合っているのか?」
という点に、仕事に対する姿勢が表出しているように思います。

左官職人さんは、「道具に自分の仕事が詰まっている」と、教えてくれました。

別の表現をすると、道具に詰まっている仕事とは、"技術と魂"なのではないかと、今になって思います。

「道具には、技術と魂が宿る」
こういうと少々ありきたりで、概念的な印象かもしれません。

しかし、それが「リアル(現実)」であることを、実感するのです。

「技術」とは何か

具体的に、「技術とは道具を使いこなすこと」と定義できます。

道具の手入れをして、常に最高のパフォーマンスを維持する習慣や、道具の持つ力量を最大化できる手腕が、すなわち技術です。

道具と向き合うアクションと、自分のスキルを磨くアクションは、多くの部位が重複しています。

道具と誠実に向き合っている人は、ほぼ例外なく、高い技術を獲得しています。

「人間性」とは何か

そして、技術に「人間性」を与えるのが魂です。

温かさ、生命力、真摯さ----。そういった人間性を感じたとき、私たちはなぜだかわからないけれど、惹かれてしまいます。

どうして、人間性を感じる仕事に惹かれるのでしょうか。

それは、「人間は、人間に惹かれる本能を持っているから」だと、筆者は理解しています。

心に残る仕事

心に残る仕事とは、ただ単に品質が高いだけではありません。

磨き上げた技術に、哲学、信念、情熱、真心といった人間的な"魂"が組み合わされたとき、初めて誰かの心に届きます。

技術と魂が宿る道具を使い、自分自身の人間性を込めた仕事をすること。

それは、人間にしかできない、人間だからやるべき仕事だと、思います。

使う道具が、手仕事の道具でも、機械でも、AIツールでも、すべてに共通していえることではないでしょうか。

さいごに

最後に、筆者自身の話を少し、させてください。
筆者の仕事道具は、パソコンです。こうして文章を紡ぐとき、パソコンという道具を使って、生み出しています。
朝の仕事は、パソコンを拭きあげるところから始まります。今日も一日よろしくね、と、高級ピアノのお手入れに使われる特別なクロスで磨きます。
夜の仕事は、パソコンを柔らかい綿の布で包んで終わります。今日も一日ありがとうと、いたわりながら包みます。
左官職人さんのたたずまいに少しでも近づきたくて。ずっと、続けています。
あなたの宝物の仕事道具は、何でしょうか。

三島 つむぎ

ベンチャー企業でマーケティングや組織づくりに従事。商品開発やブランド立ち上げなどの経験を活かしてライターとしても活動中。