
2023年5月10日 09:00
仕事の相棒「工具」。もし宇宙で落としたらどうなる?恐ろしさを画像とともに解説
日々の現場に、工具は欠かせません。
落としたり失くしたりすると、自分もちの工具であればお財布が痛みますし、会社の工具であればとても申し訳ない気持ちになることでしょう。
そんな工具を、宇宙で落としてしまったらどうなると思いますか?
誰かが見つけて拾ってくれる、というわけにはいきません。
しかし実際、宇宙飛行士が工具を宇宙で落としてしまうケースはしばしばあるのです。その後、地球上では考えられない大変な顛末となったこともあります。
地球の軌道を回り続ける工具たち
地球上から打ち上げられた人工衛星などは役割を終えた後、大気圏に突入して燃え尽きるか、他の運用中の衛星の邪魔にならないように高度をずらす、といった対策が取られています。
しかし、すぐに宇宙空間から離れるわけではありません。残骸として数年から数十年、軌道を回り続けることがあります。なかには数百年以上も地球の周りに残るものもあります*1。
ESA(=欧州宇宙機関)によると、こうした「宇宙ごみ(スペースデブリ)」の数は年々増え続け、その数は3万を超えています。同時に内訳は下のようになっています。
宇宙ごみの数の推移
(出所:「ESA's Space Environment Report 2022」欧州宇宙機関)
https://www.esa.int/Space_Safety/Space_Debris/ESA_s_Space_Environment_Report_2022
左上の凡例は略語ですが、それぞれ
UI=Unidentified(不明)
RM=Rocket Mission Related Debris(ロケット打ち上げに関するもの)
RD=Rocket Debris(ロケット)
RF=Rocket Fragment Debris(ロケットの破片)
RB=Rocket Body(ロケット本体)
PM=PayLoad Mission Related Object(宇宙飛行士の工具など)
PD=Payload Debris(積載物)
PF=PayLoad Fragmentation Debris(人工衛星の破片など)
PL=PayLoad(人工衛星)
をさしています。
数は少ないものの、「宇宙飛行士の工具など」も軌道を回り続けるものとしてカウントされています。宇宙飛行士の落とした工具が宇宙空間に取り残され地球近くを回り続けている、というわけです。
この「落としてしまった工具」が、大変な事態を巻き起こしたことがあります。
船外活動中に工具バッグが・・・
2008年のことです。NASAのスペースシャトル・エンデバーの宇宙飛行士が、ISSで船外活動をしていたところ、工具類の入ったかばんを丸ごと「落として」しまうというアクシデントがありました*2。
(出所:「 Astronaut who lost tool bag admits mistake」AP通信アーカイブ)
https://www.youtube.com/watch?v=hPV9QpC1JtU
画面の左上に、白いバッグが飛行士の手から離れていく様子が映し出されています。
この飛行士は太陽電池パネルの接合作業をしていた最中に、作業用の潤滑油がこぼれたものを拭き取ろうとしたところ、バッグを落としてしまったのです。
最終的には他の宇宙飛行士の道具をシェアし、作業は無事終わりました。
しかし、問題はその後です。
このバッグが宇宙空間を遊泳し、スペースシャトルやISSに接触すると非常に危険なのです。
さまざまな形で残された「宇宙ごみ(スペースデブリ)」は、秒速7~8kmというスピードで移動しています*3。たとえ小さな破片でもこの速度で衝突すると、ISSに穴を空けてしまうといった大事故を起こす可能性があるのです。まさに凶器です。
しかし幸いなことに、その後アマチュアの天文観測者が、バッグが地球を一周する様子を発見しました。
そして米空軍がバッグを追跡することに成功し、このバッグは地球に向かって落下、大気圏に再突入して燃え尽きたる見通しが立ちました*4。
2014年になってからのことです。工具は5年以上、地球の周辺を回り続けていたことになります。
ちなみに、この工具バッグは14キログラムほどで、総額10万ドル(1000万円以上)のものだったということです。
もちろん値段の問題ではありませんが、驚くのは筆者だけではないでしょう。
回収方法の開発続々
さて、冒頭にご紹介した通り、工具を含む「宇宙ごみ」は急増しています。落とされた工具もまた、凄まじいスピードで軌道を回り続けています。
これまでは「ビッグ・スカイ」理論というものが支持されていました。宇宙のような広大な3次元空間では、2つの物体が偶然ぶつかるケースは極めてまれだ、というものです。
しかし、宇宙ごみが急増している現代、その考え方は変わりつつあります。
カナダ・ブリティッシュコロンビア大学の研究は昨年、宇宙ごみが今後10年間で、地上に落下して死傷者を出す確率が10%にのぼるとの分析結果をまとめています*5。
1960年と現代の宇宙ごみのイメージ図を見ると、その危険性がわかります。
(出所:「世界初、宇宙ごみをレーザーで除去する衛星を設計・開発」スカパーJSATホールディングス)
https://www.skyperfectjsat.space/news/detail/sdgs.html
そこで世界中の企業が、宇宙ごみを回収するための研究を進めています。
これには2つのアプローチがあります。
まず、宇宙ゴミを直接アームなどで捕獲しようという計画です。スイスのClearSpace社が世界で初めてこの技術の開発に乗り出しています。
宇宙ごみ捕獲のイメージ
(出所:ClearSpace)
https://www.youtube.com/watch?v=h-8k25yhTr0&t=48s
そしてもうひとつは、制御不能な宇宙ごみにレーザーを照射して軌道を変更し、大気圏に向かわせ、焼却するというアプローチです。
これには、日本のスカパーJSATなどが研究・開発に着手しています*6。
いずれもSFのような話ですが、急務でもあるのです。
さて、話はやや壮大になってしまいましたが、時には空を見上げて、じつに多くの金属片が地球の周辺に溢れている様子を想像してみてください。さまざまなことを考えさせられるものです。
*1「使い終わった人工衛星はどうなるのですか?」JAXA
https://fanfun.jaxa.jp/faq/detail/334.html*2「STATUS REPORT : STS-126-09」NASA
https://www.nasa.gov/mission_pages/shuttle/shuttlemissions/sts126/news/STS-126-09.html*3「米国衛星『UARS』の落下に関する情報について」文部科学省
https://www.mext.go.jp/a_menu/kaihatu/satellite/detail/1311417.htm*4「$100,000 Tool Bag Lost in Space Is Found ... Sort Of」FOX NEWS
https://www.foxnews.com/story/100000-tool-bag-lost-in-space-is-found-sort-of*5「宇宙ごみで死傷確率10%、カナダの大学推定 リスク累積」日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE200FF0Q2A820C2000000/*6「世界初、宇宙ごみをレーザーで除去する衛星を設計・開発」スカパーJSATホールディングス
https://www.skyperfectjsat.space/news/detail/sdgs.html

清水 沙矢香
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。 取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中