NS TOOL Interview インタビュー

震災に学んだモノづくりへの責任。〜最先端マシンが並ぶ精密加工工場を襲った大震災の記憶〜

代表取締役副社長 後藤 隆司

 もう10年近く前の話になってしまうので、細かな部分は記憶が薄らいできているのですが、それでもあの震災では多くのことを学びました。それは、モノづくりの原点であり、当社の強みにも直結するものだと考えています。今、あらためて2011年3月11日に発生した東日本大震災と復興への取り組みを振り返りながら、私たち日進工具が大切にしているものをお伝えしたいと思います。

仙台工場が経験した東日本大震災

 当社仙台工場が完成したのは1998年1月、実は当初、耐震対策らしいことは全くと言っていいほどしていませんでした。きっかけとなったのは、2004年から2007年にかけて東北から信越・北陸地方各地で頻発した大きな地震。宮城県だけでも2004年12月の最大震度4、2005年8月震度6弱、2006年4月震度4とたて続けに発生し、その後“数年以内に数十%の確率で宮城県沖で巨大地震が起こる”と騒がれはじめたころでした。実際、立っていられないほどの大きな地震を何度か経験し、これは絶対くるぞということで、東日本大震災の4年ほど前から対策に取り組み始めました。
 最初は、機械の緊急停止装置をテスト的に設置したのですが、2007年7月の新潟県中越沖地震のときにうまく機能してくれたことから全機械に導入。また、窓ガラス等にフィルムを貼る、棚に転倒防止装置をつけるなどに取り組みました。さらに、顕微鏡などの検査測定装置が被害を受けると品質保証ができなくなり、生産が滞ってしまうことから、ベルトや金具で機器を固定するなど細かい対策を実施しました。

途方に暮れた震災直後〜約1ヶ月で操業再開へ

 そして2011年3月11日を迎えるわけですが、震災後最初に工場を見たときには、これは操業できるようになるまでかなりの時間がかかると感じました。それだけ、めちゃめちゃだったのです。
 すぐに近所に住む社員数名が駆けつけてくれましたが、停電で工場内は真っ暗。余震も続いていたことから、危険だと判断し工場は立ち入り禁止にしました。1週間ほどで電気が来るようになりましたが、ほとんどの社員はガソリンがないなどの理由で出社できず、しばらくは数名で掃除や片付けをする程度しかできませんでした。最終的には全社員の無事が確認できましたが、なかには1週間ほど行方がわからない社員もいて、本当に心配しました。

会議室 壁が倒れてしまいました。

検査室 対策を講じた顕微鏡は机から落ちることがありませんでした。

加工室① 加工機が、設備の高さ・水平調整に使うレベルブロックから外れてしまい、傾きました。

加工室② 天井に吊っていたエアコンが落下しました。

 本格的に復旧作業が始められたのは2週間後くらいから。「急がないでゆっくりと、絶対に怪我のないように」と指示を出して、10数名の社員と少しずつ取り組みました。
 その後、徐々に社員たちが出社できるようになり、1ヶ月くらいでどうにか生産を再開しました。当初の被害からは予想できない早さだったと思います。そして、いよいよ夜勤もスタートさせようというその夜にまた大きな余震があったのです。ホッとした矢先のことでしたから、精神的にもきついものがありました。20分程で私が工場に駆けつけて、工場内から手を振っている社員を確認したその瞬間、バチッと電気が落ちました。当時の電動シャッターは停電すると開けられない仕様だったので、中の社員を外に出すことだけでも大変でした。それ以降、停電になっても手動で開けられる仕様に変更したり、脇にドアを付けるなどの工事を施しています。

オンリーワンのサプライヤーとして供給を止めない!

 震災以前から準備していたことは、とても意味があったと思っています。例えば測定器が被害を受ければ、納期は3ヶ月以上かかります。そうなっていたら、おそらく半年は再開できなかったでしょう。何が起こるかを想定して、もっともっとやらなければと、現在でも細かなところを改善し続けています。
 体験しなければわからないことが山ほどあります。
 工場の基礎工事、2006年の第4期工事で竣工したD棟では、耐震構造として地下に杭を打ち込んでその上に建物が建つ構造を採用しています。震災ではさすがに建物への影響はほぼなかったものの、実は機械へのダメージが大きかったのがD棟です。基礎が地盤にガッチリ食い込んでいる分、設置した機械に直接衝撃が伝わってしまったのです。
 建物は大丈夫でも、別のリスクが生まれてしまう。そこで現在建設中の新工場では、免震構造とすることにしました。ただ、精密加工の工場を免震構造にすると、今度は機械から発生する微細な振動が伝わってしまい加工精度に影響を与えてしまいます。そこで微振動を抑えるダンパーで制御するなど、さまざまな角度から検証して、何度も設計をやり直しながら、やっと納得のいく設計にすることができました。
 モノづくりに携わる皆さんは、やはり同じ悩みを抱えているようで、以前から工場を見たいとおっしゃる方も少なくありません。日本はどこで地震があってもおかしくありません。私は、建築費用が膨らんでもやるべきだと判断しました。工場を分散させてリスクを分散する方法もありますが、私は既存の拠点にしっかりお金をかけて、信頼性を高めていくべきだと思ったのです。オンリーワンのサプライヤーとして、供給を止めないという安心を追求することが私たちの責任だと思っています。

“確かな人材を育てる”という未来への備え

 震災の経験を生かして、新たに高精度な機械緊急停止装置を開発しました。似ている装置は他社製品でもありますが、当社としては地震検出の精度に徹底してこだわっています。販売目的でつくったものではありませんが、お客様からご要望いただいて販売することもあります。でも、この装置を設置することで地震対策が完了するものではありません。常に改善すべきことを見つけて、考えて、実施・検証する流れを続けるのが大切です。工場の製造ラインもそうなのですが、機械が自動で全部やっていると思われる方がいます。でも、考えているのは人です。人が最も重要なのです。ちなみに自動という言葉、うちは人が動かす「自働」という字を使います。人が機械をコントロールしていると考えているからです。
 そういった考えから今、当社がいちばん力を入れているのが教育です。例えば、新入社員はある程度仕事ができるようになるまでに、普通3年くらいはかかります。それを1年でできるようにしている。具体的には、毎日「段取り」に集中させています。段取りは、仕事をこなすためにとても重要で、ノウハウも必要です。それを現場作業も覚えながらやろうとすると、段取りに携わる時間が少なくなるし、間隔が空けば忘れやすい。だから繰り返して、集中して学べるようにしています。
 機械の性能が飛躍的に良くなっていて、もう職人さんに頼らないようにやるのが、これからのモノづくりです。でも、だからこそ機械をオペレーティングする人間には、オペレーティングの技能にプラスαの能力が求められる。段取りをしっかり自分で組み立てられるようになることは、やがてはプラスαにつながり、プラスαは技術の進化につながるものなのです。

日本のモノづくりを支え続けるために

 震災という危機的な状況を経験し、私たちがつくっているのは「安心」「安定」というモノなのだと強く実感しました。いかにバラつきをなくし、安定した品質をお届けするか。そして待っていてくださるお客様のために、供給を止めない。そのためには、他社のやっていないことも手掛け、新しい技術をどんどん自分たちのものにしていかなければいけません。私たちの取り組みに、これで十分だということはないのです。

(2019年4月取材)

日進工具 開発センターが完成!(2019年12月竣工)

微細加工工場にとって理想的な環境を実現。

工具研削盤やマシニングセンターも備える日進工具R&Dの新拠点。仙台工場隣接地に約13億円を投じて建設し、延床面積は2859m2、1階にオフィスや機械設備など、2階には150人以上を収容できるセミナールームも完備する。同施設が採用している「オールラウンド免震」は、当社要望を奥村組の技術研究所が具体化した独自の免震機構。通常時、機械設備や建物の周りを走行するトラックなどから発生する揺れを微小振動対策ダンパーで1/20ほどに減衰するとともに、震度5以上の地震が発生した場合には免震機構により、人も設備も守られる設計となっている。建設費は通常の1.3〜1.5倍だが、精密加工工場におけるBCPの信頼性を大きく高める構造として、製造業をはじめとする多方面から注目を集めている。

開発センター 床下 微小振動対策ダンパー

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