
2026年2月20日 09:00
困難の多い時代に打ち勝つために サプライチェーンの再構築は進むのか
サプライチェーンとは、一つの製品が製造されて消費者に届くまでの一連のプロセスを指します。
身近な例として、現代人の必需品であるスマートフォンも、世界各地で製造される半導体やバッテリー、ディスプレイなどの部品の調達、組み立て、物流を経て、ようやく私たちの手元に届いています。
近年では、パンデミックや自然災害、地政学リスク、サイバー攻撃、燃料価格の高騰などにより、製造業のサプライチェーンはさまざまな脅威にさらされています。
さらに、気候変動の深刻化に伴い、環境に配慮した経営の重要性も一段と高まっています。
こうした状況を背景に、企業が取り組みを強化しているのが「サプライチェーンの再構築」です。
サプライチェーンの脆弱性を解消し、リスクに強く、安定した供給体制を築くことが求められています。
本記事では、「サプライチェーンの再構築」に焦点を当て、製造業ではどのような取り組みが進められているのか、国内の製造業の事例を交えて解説します。

改めてサプライチェーンとは?
サプライチェーンは「供給の連鎖」と訳されるように、原材料や部品などの調達から、生産、在庫管理、配送、販売に至るまでの一連の流れを指します。
一つの製品を消費者に届けるまでには、多くの国や企業がそれぞれの役割を担い、相互に連携しています。
サプライチェーンを構築する企業の関係性は、企画・開発から販売・消費につながる上流から下流への「垂直的な関係」と、同じ工程や分野に属する同業他社同士の「水平的な関係」の2つで成り立っています(図1)。*1

図1:グローバルなサプライチェーンと垂直的・水平的な関係の例
出所)通商白書2021「第Ⅱ部 第1章 レジリエントなサプライチェーンの構築に向けて」
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2021/2021honbun/i2120000.html
「垂直的な関係」とは、部品を製造する企業と最終的な組み立てをおこなう企業などが工程ごとに連携する関係であり、一般的にイメージされるサプライチェーンの姿かもしれません。
一方で「水平的な関係」とは、共同で研究開発する企業同士や生産を委託した他社企業など、企業の横の関係性を指します。
この縦と横の関係性は、国内にとどまらず国境を越えて広がっており、サプライチェーンはグローバル化の進展とともに、より複雑な構造となっています。
日常生活ではあまり意識することはないかもしれませんが、私たちの生活はサプライチェーンによって支えられています。
たとえば、コロナ禍ではトイレットペーパーやマスクなどが一時的に入手困難になりました。
これは需要の急増に加え、原材料の輸入が滞ったことや、労働力不足による製造拠点の稼働停止、物流の混乱など、複数の要因が重なったことで引き起こされました。
生産体制、人、物流の流れが滞り、サプライチェーン全体が機能不全に陥った結果、本来であれば安定して供給されるはずの日用品が、店頭から姿を消す事態となったのです。
このように、サプライチェーンは暮らしに直結する重要な基盤であると同時に、どこかに支障が生じると、その影響が社会全体に広がるリスクを抱えています。

サプライチェーンに迫る危機
サプライチェーンに与える代表的なリスクとしてまず挙げられるのが、自然災害やパンデミックです。
先ほども触れたように、2020年の新型コロナウイルス感染拡大は、工場の稼働停止や物流の混乱、都市のロックダウン、技術者の移動制限などによって、サプライチェーンに大きな影響を及ぼしました(図2)。*2

図2:新型コロナウイルスの感染拡大を受けたサプライチェーンの寸断の一例
出所)通商白書2020「第Ⅱ部 第1章 コロナショックが明らかにした世界の構造」
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2020/2020honbun/i2110000.html
日本においても、米国や中国、東南アジアからの自動車部品や電子部品の供給が絶たれ、多くの製造業が生産調整や操業停止を余儀なくされました。
サプライチェーンの混乱や需要の減少によって、2020年の日本の鉱工業生産指数は大幅に低下しています。
大地震や台風、豪雨などの自然災害がサプライチェーンに及ぼす影響も深刻です。
2011年に発生した東日本大震災では、サプライチェーンの混乱を背景に、日本の実質GPD成長率は大きく落ち込み、輸出入も減少しました。*1
被災した東北・北関東の太平洋側は、古くからものづくりの拠点として発展してきた歴史があり、地震の影響を受けた地域には約74万社、津波の影響を受けた地域には約8万社の企業や事業所が立地していました。*3
直接被害を受けていない地域も、この地域から部品を供給していた国内外の製造ラインが停止する事態に陥りました。
2011年に国土交通省近畿地方整備局が大規模製造業を対象に実施したアンケートによると、調達先の被災により生産に支障がでたと答えた事業所は30.9%でした。
関連するその他の影響も含めると、サプライチェーンの寸断によって影響を受けた企業は全体の約60%に達しています(図3)。*3

図3:サプライチェーン寸断の影響
出所)公益社団法人 土木学会「東日本大震災以降の我が国サプライチェーンの構造変化とリスク管理」p.5
http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00039/201306_no47/pdf/334.pdf
また、近年では、地政学リスクの高まりも深刻化しています。
2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻では、現地の製造拠点の封鎖や従業員の退避によってサプライチェーンが混乱し、エネルギーや食料価格の高騰が、生産コストや物流コストの上昇を招きました。
さらに、米中間の半導体をはじめとした電子部品の技術競争により、日本も米国の動きに足並みをそろえ、半導体の調達・生産体制の再構築を求められています。
2023年以降に激化したイスラエルとパレスチナの紛争もサプライチェーンに大きな影響を及ぼしており、長期化すればエネルギー危機を招くリスクも指摘されています。*4
このほか、サイバー攻撃の巧妙化や為替変動、気候変動による異常気象など、サプライチェーンを脅かすリスクは多岐にわたります。

リスクに打ち勝つ!強いサプライチェーンをつくるには
サプライチェーン強靱化に向けた政府の取り組み
相次ぐリスクの顕在化を受けて、日本ではサプライチェーンの強靱化に向けた取り組みが本格化しています。
政府は経済安全保障推進法に基づき、国民生活に欠かせない重要な物資を安定的に供給できるよう、サプライチェーンの強靱化を進める方針を定めています。
半導体や抗生物質、電子部品などの「特定重要物資」を扱う事業者を対象に支援をおこない、サプライチェーンの安定性向上を目指しています(図4)。*5

図4:サプライチェーン強靱化制度のイメージ
出所)内閣府「サプライチェーン強靱化の取組(重要物資の安定的な供給の確保に関する制度)」
https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/supply_chain/supply_chain.html
事業者は、供給確保計画を物資所管省庁に申請することで、融資や助成金などの支援をうけることができます。
このほかにも、米国の関税措置に対応するための国内対策や、国内企業の海外展開支援、エネルギー調達先の多角化など、サプライチェーンの強靱化を目的に、さまざまな対外経済施策が講じられています。*6
ものづくり業界が取り組む強いサプライチェーンの構築
企業側も、リスクに備えた課題の洗い出しや調達先の多角化など、強いサプライチェーンを構築する動きが広がっています。
コロナ禍以降、国内の自動車メーカーでは「車載用半導体サプライチェーン検討ワーキンググループ(WG)」を立ち上げ、自動車サプライチェーン全体の強靱化を目指しています。
具体的には、サプライチェーンリスクの分析や、サプライヤーからの情報提供のあり方の見直し、パートナー企業との横断的なデータ連携などが検討されています。*7
サプライチェーンのリスクの分析では、テクノロジーを駆使した効率的な分析がおこなわれています。
トヨタでは、東日本大震災によるサプライチェーンショックを受けて、サプライチェーンDB「RESCUEシステム」を構築しています。
このシステムには、サプライチェーンに関する膨大な情報が蓄積されており、リスク分析や情報共有をおこなえます(図5)。*7

図5:サプライチェーン強靱化制度のイメージ
出所)経済産業省「自動車サプライチェーンの強靱化に向けた取組)」p.19
https://www.meti.go.jp/press/2022/07/20220701006/20220701006-a.pdf
機密情報を含めた情報は、サプライチェーンを支える多数のサプライヤーからの協力によって提供されており、信頼関係のもとで成り立っています。
また、糸の製造や染色、縫製など、工程ごとの分業が進んでいる国内の繊維産業においても、サプライチェーンの強靱化・再構築が進められています。
とくに、後継者不足による廃業や労働力不足を背景に、サプライチェーンの途絶をいかに防ぐかが課題となっています。*8
こうした地域のサプライチェーン毀損による連鎖的な廃業を防ぐために、さまざまな取り組みが進められています。
山形県のニットメーカーである佐藤繊維株式会社では、廃業した大阪府の取引先であるカツミ産業株式会社を買収し、地域を超えた事業の継承とその黒字化に成功しています(図6)。*8

図6:産地を越えたサプライチェーンリスクへの対応事例
出所)経済産業省「我が国の繊維産業におけるサプライチェーン再構築・強靱化について」p.6
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/textile_industry/pdf/011_03_02.pdf
このほかにも、産地内でサプライチェーンの分断を防ぐため、事業継承や水平統合を通じたサプライチェーンの強靱化が進められています。

まとめ
パンデミックや自然災害、地政学リスクの高まりにより、製造業のサプライチェーンはかつてないほど不確実性を抱えています。
こうした状況を受けて、政府・企業の双方が、サプライチェーンの強靱化を目指した取り組みを進めています。
自社のサプライチェーンに潜むリスクを明確に把握し、戦略的に再構築を進めることが、今後の競争力強化に向けた重要な鍵となるでしょう。
参考文献
*1
出所)通商白書2021「第Ⅱ部 第1章 レジリエントなサプライチェーンの構築に向けて」
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2021/2021honbun/i2120000.html
*2
出所)通商白書2020「第Ⅱ部 第1章 コロナショックが明らかにした世界の構造」
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2020/2020honbun/i2110000.html
*3
出所)公益社団法人 土木学会「東日本大震災以降の我が国サプライチェーンの構造変化と物流リスク管理」p.3, p.5
http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00039/201306_no47/pdf/334.pdf
*4
出所)pwc「地政学リスクに迅速に対応出来るレジリエントなサプライチェーン構築のポイント」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/scm-operation/vol03.html
*5
出所)内閣府「サプライチェーン強靱化の取組(重要物資の安定的な供給の確保に関する制度)
https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/supply_chain/supply_chain.html
*6
出所)通商白書2025「第Ⅲ部 第1章 通商戦略の方向性」
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2025/2025honbun/i3130000.html
*7
出所)経済産業省「自動車サプライチェーンの強靱化に向けた取組)」p.4, p.18, p.19
https://www.meti.go.jp/press/2022/07/20220701006/20220701006-a.pdf
*8
出所)経済産業省「我が国の繊維産業におけるサプライチェーン再構築・強靱化について」p.1, p.3, p.4, p.6
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/textile_industry/pdf/011_03_02.pdf
石上 文
広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。

